2021年、ホンダの三部敏宏社長は就任会見において、「2040年までに電動化率100%を目指す」という大胆な宣言をしました。創業者の本田宗一郎氏の言葉「エンジンが人を幸せにする」を体現し、長らく内燃機関にこだわり続けてきたホンダにとって、この方向転換は自動車業界に大きな衝撃を与えました。しかし、それから4年あまりが経過した現在、ホンダの電動化戦略は軌道修正を余儀なくされており、その未来が注目されています。
ホンダの三部敏宏社長による電動化戦略発表の様子
三部社長が掲げた「大風呂敷」の現状
三部社長が就任時に宣言した「2040年までに内燃機関を廃止し、電動化率100%を目指す」という目標は、当時の世界の自動車業界における脱エンジン化の流れに乗るものでしたが、ホンダのような「エンジン屋」にとっては異例の発表でした。さらに、自動運転、飛行機、電動マルチコプター、ロケットや宇宙開発、そして一時放棄したヒューマノイドロボットなど、「モビリティを四次元に拡大していく」という壮大なビジョンも同時に掲げられました。
しかし、これらの「大風呂敷」の“回収率”は、正直なところ高くありません。電動化率100%の目標に関しても、欧州市場に投入した小型クロスオーバーBEV「e:Ny1」や、中国市場向けハイクラスBEV「イエ(Ye)シリーズ」は苦戦を強いられました。その結果、三部社長は2025年の経営説明会「ビジネスアップデート」で、BEVへの投資額の縮小や、カナダのBEV工場の稼働先延ばしを発表するなど、EV推進の姿勢を急速に弱めています。
EV以上に苦戦するホンダの先端分野
BEVはホンダにとって新ジャンルの商品ではあるものの、自動車であるという点で既存の事業と連続性があります。しかし、先端分野の自動運転になると、その迷走ぶりが顕著です。2016年にアメリカの自動運転プラットフォーマーWaymo(ウェイモ)との協業を決定しましたが、技術開発の中核に関与できずに関係を解消。その後、米GMと提携しましたが、GMの自動運転関連子会社クルーズが事故を起こし解散したことで、GMとの協業で進めるはずだったホンダの自動運転計画も頓挫し、仕切り直しを迫られています。
また、宇宙航空やヒューマノイドロボットといった三部社長が語った「バラ色の未来像」に関しても、技術開発自体は進んでいるものの、その大半は未だにビジネス化のアウトラインすら見いだせない状況にあります。
企業価値評価に表れるホンダの課題
ホンダの業績自体は堅調に見えますが、その背景には成熟技術である新興国向け二輪車の好調が大きく寄与しています。一方で、技術やビジネスの先進性という点では「負け」が目立つ状況です。ホンダの時価総額と純資産の比率を示すPBR(株価純資産倍率)は約0.5倍であり、これは投資家がホンダの株の価値を、資産をすべて現金化した場合の半額程度にしか評価していないことを意味します。日常業務では利益を上げられているものの、時代を切り拓く先駆者としてのパワーを示せていないことが、この停滞感の一因となっていることは間違いありません。
三部社長が掲げた壮大なビジョンには、このようなホンダの閉塞感を打開するための「劇薬」という側面がありました。自動車という「井の中」に閉じこもるのではなく、他業界とクロスオーバーするビジネスを積極的に手中に収めることが、ホンダが将来にわたって世の中から存在を期待される企業であり続けるための唯一の道である、という考え方です。この考え方自体は間違っておらず、2040年に電動化率100%という目標も、2021年当時は自動車業界で高い電動化目標を掲げることが流行していた中で、それに乗ったと考えることもできます。世の中になかった製品やサービスの創出力は、世界の一流を目指すのであれば当然持つべき能力です。
まとめ:ホンダの未来と挑戦
ホンダは現在、三部社長の掲げた壮大なビジョンと、現実の課題との間でバランスを模索しています。電動化戦略の軌道修正は、市場の動向と技術開発の難しさを反映したものであり、自動運転やその他の先端分野でも挑戦が続いています。新興国市場での二輪車事業が業績を支える一方で、先進技術分野での存在感の確立が、ホンダが真に未来を切り拓く企業として評価されるための鍵となります。今後のホンダが、いかにしてこの閉塞感を打破し、持続的な成長とイノベーションを両立させていくのか、その動向が注目されます。
参考資料:
- ベストカー (Best Car Web)
- Yahoo!ニュース (Yahoo! Japan News)