8月5日、ドナルド・トランプ前米国大統領が医薬品に対する関税を最終的に最大250%まで引き上げる可能性を示唆し、「医薬品の国産化のため」と説明しました。これに対し、信州大学特任教授の山口真由氏は、「今回のトランプ関税は、他国に脅しをかける交渉材料とは趣が異なる」と指摘します。物価高騰が続く中、薬価改定による値下げが国内市場を圧迫する日本の医薬品産業にとって、この動きはどのような影響をもたらすのでしょうか。
米国:医薬品国産化を目指すトランプ関税の真意
「狂人理論(マッドマン・セオリー)」は、他国に圧力をかけるためのトランプ氏の交渉戦術を説明する際にしばしば用いられます。しかし、乱発される関税の中でも、半導体と医薬品についてはその性質が異なります。特に医薬品に対する最大250%の関税引き上げ示唆は、相手国からの譲歩や新たな財源確保を狙うというよりも、米国国内産業の保護という本来の目的に沿って設計されています。
現在、米国は医薬品の世界最大の市場です。それゆえに外資系企業の主要なターゲットとなり、原薬の80%以上を輸入に依存する極めて高い輸入依存度を抱えています。この状況は国際分業が進んだ結果ではありますが、将来の国際情勢次第では、米国の致命的な弱点となりかねません。そこで、自国の存立に不可欠な産業については国内回帰を図るというのがトランプ氏の関税政策の核心であり、これには「レジームチェンジ(体制転換)」の兆候を捉える彼の天与の才が垣間見えます。
日本:薬価改定と品薄が招く市場の衰退
米国と日本の医薬品市場における薬のパッケージとタブレット
一方、日本の医薬品市場は米国と好対照をなしています。日本では市場としての魅力が急速に薄れ、外資系企業が撤退モードに入っているのが現状です。実際、米国の調査会社によれば、2009年に世界第2位の座を占めていた日本の医薬品市場は、2024年にはドイツに抜かれ、第4位に転落しました。この背景には、日本の行政政策が大きく影響しています。
日本の医療分野における価格は、市場原理ではなく国が決定します。それが2年に一度改定される診療報酬制度であり、この改定幅がインフレ率を下回るため、業界全体の低迷を招いていると指摘されています。しかし、薬価についてはさらに深刻な状況です。現在の物価高騰局面にもかかわらず、改定のたびに1%の引き下げが余儀なくされており、さらに2021年度以降は、改定頻度が2年に一度ではなく「中間年改定」と称して毎年行われています。インフレを価格に転嫁できないため、日本の医薬品市場は伸び悩み、欧米で発売されている新薬が日本では未発売となるケースが増え、さらには国内製薬会社の疲弊が「薬の品薄」という事態を招いています。これら全ては、社会保障費の伸びを抑制するという財務省的なスタンスが継続しているためです。
結論:安定供給への道はどこに
極めて魅力的であるがゆえに市場を閉ざそうとする米国と、逆に市場の魅力が薄れたために世界から取り残されつつある日本。医薬品に関して好対照のマーケット政策を抱える両国は、皮肉にもどちらも国内での医薬品安定供給に課題を抱え始めています。トランプ氏の「狂人」的直感による政策と、日本の官僚が主導する「理性」的な政策——果たしてどちらが、現在の医薬品供給問題に対する有効な処方箋となるのでしょうか。
参考文献:
- 日刊SPA! (2025年8月19日). 「トランプ関税250%!国内薬不足が加速する日本…日米医薬品市場、好対照の政策が示す未来」. Yahoo!ニュース.
- 山口真由 (信州大学特任教授) プロフィール
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