伊東市長学歴詐称疑惑、市政混乱の深層と支持基盤

静岡県伊東市の田久保眞紀市長(55)を巡る学歴詐称疑惑が、市の政治に深刻な停滞をもたらしている。9月の市議会では市長に対する不信任決議の採択が現実味を帯び、これに対抗する市長による市議会解散の可能性も浮上し、前代未聞の政治的混乱が続く。市長への逆風が強まる一方で、地元には今も田久保市長を強く支持する声も根強く、伊東市の政治地図は複雑な様相を呈している。

学歴詐称疑惑で注目される伊東市田久保眞紀市長学歴詐称疑惑で注目される伊東市田久保眞紀市長

混迷する市政:予算編成と人事の停滞

伊東市の木村光男総務部長は、9月1日の市議会開会を控えた8月25日、「市政が混迷を極めている」と危機感を表明した。市当局は定額減税の補足給付金3000万円など、市民生活に直結する支出を含む補正予算案を上程できない異常事態に陥っており、12月議会まで可決が遅れる可能性も指摘されている。地元紙記者は、この原因を田久保市長の去就を巡る混乱にあると指摘する。

事の発端は、7月7日の会見で市長が学歴詐称疑惑の重要証拠とされる“卒業証書”を静岡地検に提出し、市長を辞職して出直し市長選に再出馬すると表明したことだった。これを受け、市当局は次期市長の方針を反映させるべく補正予算の編成を一時停止。しかし、市長は卒業証書を地検に提出せず、月末までに辞職すると公言していたにもかかわらず、7月31日になって「辞めるのをやめた」と発言を撤回した。

この辞職撤回に対し、市職員側はすべての部長が市長に辞職を要求する事態に発展。市議会の調査特別委員会(百条委員会)と市長の間では、卒業証書の提出を巡る攻防が続き、8月に入っても伊東市では予算編成ができない状況が続いた。市民からは、「5月の市長選で敗れた前市長が任命した副市長と教育長は市長選直後に辞職し、9月議会でも後任者が決まらない。教育長不在のため教科書選定ができず、しわ寄せは子どもたちにも及びかねない」と、行政機能の停滞に対する深刻な懸念が上がっている。

辞職撤回の背景:メガソーラー計画阻止と公約履行への「使命」

田久保市長は、辞職を撤回した理由として、市内のメガソーラー建設計画の阻止と、前市長が進めた新図書館建設計画の撤回という選挙公約を実現する「使命」があるからだと強調している。8月16日には自身のX(旧Twitter)で、「今回の騒動の全容がやっと見えてきました。事実関係に基づいてその目的を明らかにしてきます」と投稿し、その後もメガソーラー建設計画が再開される可能性があると主張する内容の発信を続けている。

田久保眞紀伊東市長がメガソーラー計画について言及したLINEメッセージ田久保眞紀伊東市長がメガソーラー計画について言及したLINEメッセージ

田久保市長台頭の軌跡:メガソーラー反対運動が築いた地盤

市長が公約の核とするメガソーラー建設計画は、伊豆高原の一角である市南部の八幡野地区の山林43ヘクタールを伐採し、12万枚の太陽光パネルを設置する大規模なものだ。この計画は2013年に浮上し、土砂災害のリスク増加や観光・漁業への悪影響が懸念され、地元で大規模な反対運動が起こった。

計画自体は、市議会が建設反対を決議し、規制条例も制定。前市長時代の2019年には、市が事業者の河川占有を不許可にしたことで、建設予定地に続く橋を重機が通れなくなり、事実上事業は停止状態にある。このメガソーラー反対運動において、田久保氏は中心メンバーとして存在感を強め、市議に2回当選した後、今回の市長選挙で当選を果たした。この経緯から、田久保氏の政治的基盤は伊豆高原地域に深く根ざしている。

伊東市の政治地図と支持層の変遷

伊豆高原は、富裕層のリタイア組が多く暮らし、自然破壊を嫌う人々がメガソーラー計画に強く反対した地域だ。市内建設業者によると、元々別荘地のため住民票を置く人が少なく、2期を務めた前市長は「票田にならない」と見てこの地域に力を入れなかったという。しかし、近年では別荘を引退後の定住の場とする「住民」が増加。これらの住民が市政の停滞を感じ、田久保氏を強く支持する原動力となった。さらに、市政変革を求める市街地の世論も加わり、今回の市長交代劇へと繋がったと地元住民は語る。

伊東市の政治的混乱は、市長の学歴詐称疑惑だけでなく、市民の市政に対する不満や地域開発のあり方を巡る対立が複雑に絡み合った結果と言える。今後の市議会の動向、そして市民の選択が、伊東市の将来を大きく左右することになるだろう。

参考文献

  • 地元紙、メディア報道各社
  • 伊東市関係者への取材
  • 伊東市議会資料