奥利根の深い山々をホームグラウンドとし、40年以上にわたりクマ猟に従事してきた高柳盛芳氏は、体重190kgの巨大グマをも仕留めた経験を持つ熟練の猟師です。その長年の経験から培われたクマの生態と、自然の中で危険を回避するための実践的な知識は、現代の私たちが安全に山と共存するために不可欠な視点を提供します。本稿では、『日本クマ事件簿』(三才ブックス)から抜粋・編集された高柳氏の教えをもとに、クマとの賢い付き合い方を探ります。
猟師が語るクマの習性:臆病ゆえの攻撃性
高柳氏は、「我々猟師は、小枝一本踏まず、物音ひとつ立てずに山を歩く。それは、クマと同じ歩き方だ」と語ります。クマは本来、非常に臆病な動物であり、その存在を悟られないよう慎重に行動するのが猟師の鉄則です。しかし、クマの行動を熟知していない一般の登山者や山菜採りの人々がクマの生息域に入る場合、猟師とは反対に、むしろ積極的に自身の存在を知らせるべきだと高柳氏は強調します。
クマとの遭遇で最も避けたいのは、まさに「鉢合わせ」です。臆病なクマは、突然の出会いに驚くと、恐怖から身を守ろうと必死に攻撃を仕掛けてきます。特に子グマを連れた母グマは神経質になっており、その危険性は一層高まります。そのため、クマの生息地では、常にクマがいる可能性を念頭に置き、彼らへの畏敬の念をもって行動することが、安全確保の第一歩となります。
森の中を歩くクマのイメージ。登山者やハイカーがクマと安全に共存するための知恵
クマ鈴は本当に効果的?ベテラン猟師の意外な見解
クマ対策として広く普及している「クマ鈴」ですが、高柳氏はその効果について懐疑的な見解を示します。彼は「あんなもんはねえ方がマシだ」と笑い飛ばします。以前、若者たちと山菜採りに出かけた際、一人がクマ鈴を鳴らしていたため、「外せ」と指示したそうです。若者が「怖いから」と渋るため、高柳氏は実際にクマがいる場所へと彼らを連れて行きました。
季節はまだ春、雪が残り葉が茂っていないため見通しが良い状況でした。若者がクマ鈴を鳴らすと、驚いたクマは逃げるどころか、その場にじっと留まり、周囲に注意を払ってすぐに人間の存在に気づきました。この経験は、クマ鈴が常に効果的な「熊よけ」とは限らず、むしろクマに自身の存在を特定させ、好奇心や警戒心を煽る可能性さえあることを示唆しています。重要なのは、クマの習性を理解し、状況に応じた適切な対応をすることに他なりません。
まとめ:クマとの安全な共存を目指して
高柳盛芳氏の長年の経験から導き出される教訓は、クマ対策において最も重要なのは「予期せぬ遭遇を避ける」ことに尽きるということです。臆病なクマを不必要に驚かせないよう、山に入る際は、自身の存在を適度に知らせ、常に周囲に気を配ることが求められます。クマ鈴のような特定の道具に頼り切るのではなく、クマの生態系を尊重し、彼らの行動パターンを理解することこそが、私たちが自然の中で安全に過ごすための鍵となります。
参考文献
- 『日本クマ事件簿』(三才ブックス)より抜粋・編集