「離島奪還作戦」の盲点:元海自司令官が問いかけるその真の必要性

日本の防衛論議において「離島奪還作戦」は頻繁に登場するテーマです。尖閣諸島などの我が国領土が外国勢力に占拠された場合、即座に武力で奪還すべきだという通念が広く浸透しています。しかし、元海上自衛隊司令官である香田洋二氏は、この通念に対して冷静な再考を促しています。航空優勢や海上優勢、そして米軍の援護が確保されていない状況下での強行策は、甚大な損害と戦略的なリスクを招く可能性があると警鐘を鳴らしており、本稿ではその「離島奪還」の盲点について深く掘り下げます。

離島奪還作戦の背景と統合運用の実態

島嶼防衛を考える際、常に議論の中心となるのが、敵に占拠された島を武力で奪い返す「離島奪還作戦」です。具体的には、沖縄県の尖閣諸島や与那国島、石垣島、宮古島といった島々に他国の部隊が上陸し占領する事態が想定されています。防衛省は、この作戦を遂行するため、陸上自衛隊に「水陸機動団」を2018年に新設しました。

しかし、離島奪還作戦は陸上部隊だけで完遂できるものではありません。水陸機動団の兵員を輸送するヘリコプターや垂直離着陸機オスプレイV22、そして大量の隊員や水陸両用車AAV7、エアクッション型揚陸艇LCACを運ぶ海上自衛隊の輸送艦が不可欠です。さらに、水陸機動団が上陸する前には、航空自衛隊の戦闘機による空対地攻撃で敵の守備部隊を無力化し、当該地域の制海権と制空権を一定期間確保する必要があります。このように、離島奪還作戦は陸海空自衛隊が一体となって戦う「統合運用」が求められる、極めて複雑な作戦であり、その指揮は新設された統合作戦司令部が執ることになります。

国民の納税によって成り立つ自衛隊にとって、「もし島を奪われたら、すぐさま奪い返す」という統合運用の考え方は、説得力があり、政治家もまた離島奪還作戦への準備を自衛隊に期待する傾向にあります。

「離島奪還作戦」のイメージ。水陸両用車や兵員が上陸する様子。「離島奪還作戦」のイメージ。水陸両用車や兵員が上陸する様子。

「奪還」の通念への疑問符:真に必要なのか?

しかし、元海上自衛隊司令官の香田氏は、その通念に疑問を呈します。「本当に離島奪還作戦は必要なのだろうか」と。この疑問は、感情論ではなく、冷徹な軍事的合理性に基づいています。

離島奪還作戦が意味するのは、想像を絶する「おびただしい死傷者」の発生です。本来、最小限の戦闘力しか保有しない自衛隊にとって、この作戦は甚大な被害を招きかねません。その人的、物的損害に触れることなく、ただ「離島奪還作戦」を連呼する風潮は、滑稽ですらあると香田氏は指摘します。

離島を奪還するためには、既に島に上陸している敵部隊の抵抗を弱体化させる必要があります。事前の空爆だけでは敵を完全に殲滅することは困難であり、そもそも敵が島を占拠している状況では、周辺の航空優勢や海上優勢は敵が確保している可能性が高いのです。つまり、自衛隊の艦艇や航空機が敵の優勢下で突入すれば、返り討ちに遭う危険性が非常に高まります。

敵が待ち構える中で強襲上陸を敢行すれば、多くの自衛官が犠牲となることは避けられないでしょう。自衛官は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務める」と宣誓して入隊していますが、その結果、本来他の防衛作戦に投入すべき部隊までが損耗し、最終的に我が国の防衛体制全体に大きな穴が開く恐れがあります。被占領島嶼奪還のために、敵前上陸という強襲作戦を強行するという判断が、軍事的合理性の観点から本当に適切なものなのか、という根本的な疑問が常に残るのです。

結論:冷静な戦略的視点からの再考が不可欠

「離島奪還作戦」は、国民感情や政治的期待に応える上で魅力的に聞こえるかもしれませんが、その背後には計り知れない犠牲と戦略的リスクが潜んでいます。元海上自衛隊司令官の香田洋二氏が提起する問いかけは、単なる戦術論に留まらず、国家の防衛戦略全体における優先順位と現実的な能力を見極めることの重要性を示唆しています。

航空優勢や海上優勢が確保されていない状況での強行な奪還作戦は、自衛隊の人的・物的損耗を最大化させ、結果として日本の防衛力を大きく低下させる可能性をはらんでいます。私たちは、感情に流されることなく、軍事的合理性と長期的な国家戦略の視点から、本当にこの作戦が唯一無二の選択肢であるのか、他に取るべき道はないのかを冷静に再考する必要があるでしょう。犠牲を最小限に抑えつつ、最大限の防衛効果を発揮するための、より多角的な議論が今、求められています。

参考資料

  • 香田洋二『自衛隊に告ぐ―元自衛隊現場トップが明かす自衛隊の不都合な真実』(中央公論新社)
  • Yahoo!ニュース (記事元)