日本の保育現場、76年ぶりの配置基準改定も人手不足の深刻な現状が続く

「子どもの発達に応じて丁寧にかかわる保育がしたいのに、それがなかなかできないのが辛いです」――この切実な声は、日本の保育現場が直面する根深い課題を浮き彫りにしています。東北地方の認可保育園で働く20代後半の保育士、藤井美央さん(仮名)が訴えるように、子ども一人ひとりに向き合う理想と、現実の厳しい人手不足とのギャップは深刻です。美央さんの担当する5歳児クラスは20人の子どもに対し保育士2人体制ですが、国の定める配置基準を上回っていても「全く人手が足りない」と感じています。

保育士の配置基準は国の政令によって定められており、自治体は独自にこれを補う基準を設けることが可能です。現在の国の基準では、0歳児は子ども3人に対し保育士1人、1~2歳児は6対1、3歳児は15対1、そして4~5歳児は25対1とされています。

保育現場が直面する人手不足の現実と「配置基準」の課題

日本の保育園で活動する園児たちと保育士の様子日本の保育園で活動する園児たちと保育士の様子

日本の保育園では、子どもの発達段階に応じたきめ細やかなケアが求められる一方で、この国の配置基準が現実の保育ニーズとかけ離れているという問題が長年指摘されてきました。藤井美央さんのケースのように、国の基準以上の人員を配置していても、日々の保育業務、子どもの個性への対応、安全確保などを考えると「ぎりぎり」どころか「不十分」な状態が常態化しているのです。これは、単に「人数」の問題だけでなく、保育の「質」を維持するための根本的な課題として、現場に重くのしかかっています。保育士たちは、理想とする保育と現実のギャップに日々葛藤し、疲弊を深めています。

76年ぶり改定も「不十分」な配置基準と財政的負担

こうした現状に対し、2021年からは名古屋市を中心に「子どもたちにもう1人保育士を!」といった市民運動が展開され、世論が動く形で76年ぶりの配置基準改定が実現しました。2024年4月からは、3歳児クラスが従来の20対1から15対1へ、4~5歳児クラスが30対1から25対1へと改善。さらに、2025年4月には1歳児で5対1の手厚い配置を行った場合に人件費が加算される仕組みが導入されます。しかし、現場からは「そもそもの配置基準が不十分」との声が大きく、今回の改定も戦後に決められた基準の一部がようやく見直されたに過ぎないという認識が広まっています。

2013年から2023年にかけて急増した私立認可保育園のグラフ。保育士不足の背景を示す2013年から2023年にかけて急増した私立認可保育園のグラフ。保育士不足の背景を示す

こども家庭庁の2024年度「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」によると、多くの認可保育園では、国の配置基準よりも平均4.1人多くの保育士を配置していることが明らかになっています。これは、実態として基準では保育が成り立たないことを示しています。しかし、問題は、保育園には配置基準の人数分の人件費しか国から支給されない点にあります。このため、基準以上の保育士を雇うほど、園は人件費を「持ち出し」で負担しなければならないという財政的な重荷を抱えることになります。この構造が、保育の質を確保しようとする園の努力を阻害し、経営を圧迫しているのです。

現場の疲弊と子どもの発達への影響

冒頭の藤井美央さんの事例は、このシステム的な課題が現場でどのような影響を及ぼしているかを具体的に示しています。美央さんの園では、5歳児クラスは2人担任であるものの、他のクラスは配置基準ギリギリで運営されています。そのため、他の保育士が休むと、美央さんは自身のクラスを担当する時間を削り、他のクラスのヘルプに駆り出されることが頻繁にあるといいます。時には1週間も自分のクラスに入れず、異なるクラスで保育に当たっていたこともあったそうです。このような状況では、子ども一人ひとりの発達に応じた丁寧な関わりが難しくなり、保育の質が低下するリスクが高まります。保育士の疲弊は、ひいては子どもの健やかな成長にも影響を及ぼしかねない喫緊の課題と言えるでしょう。

結論:持続可能な保育環境実現への道のり

日本の保育現場が直面する人手不足と配置基準の問題は、単なる労働条件の問題に留まらず、次世代を担う子どもたちの成長環境と直結する社会全体の問題です。76年ぶりの配置基準改定は一歩前進であるものの、現実の保育ニーズや現場の財政的負担を考慮すると、まだまだ不十分な点が残されています。子どもたちのより良い発達を支援し、保育士が専門性を発揮できる持続可能な保育環境を実現するためには、国のさらなる積極的な財政支援と、実情に即した抜本的な配置基準の見直しが不可欠です。

参考文献

  • 東洋経済education × ICT (yahoo.co.jp)
  • こども家庭庁 幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査(2024年度)