中東のトルコなどで迫害を受け、日本に逃れてきたクルド人が多く暮らす埼玉県川口市と蕨市で、外国人に対する差別やヘイトスピーチがかつてないほど深刻化しています。人口減少が進む日本社会において、外国人の存在は多大な貢献が期待される一方で、彼らを取り巻く環境は複雑化の一途を辿っています。JICA(国際協力機構)によるアフリカ諸国の「ホームタウン」認定が炎上後に撤回される事態も発生するなど、外国人との共生に関する課題は、いまや日本社会全体が向き合うべき重要なテーマとなっています。
蕨駅前での街頭演説:広がる対立の構図
2023年9月中旬の夜7時、多くの帰宅者で賑わうJR蕨駅前のロータリーで、保守・愛国系の政治家による街頭演説が行われました。「日本人ファースト」を掲げた街宣車からは、「クルド人やアフリカ人、インド人以上にヤバいやつらが入ってきて、そのような状況をどう考えるんですか」「外国人優遇策を認めるなと、当たり前の主張をしているだけです」といった言葉が叫ばれました。
これに対し、歩道からは約30人もの人々が「レイシストは帰れ!」「差別はやめろ!!」とマイクや大声で応酬し、警察官が双方の間に入って事態を沈静化しようとする一幕もありました。駅前は一時、騒然とした雰囲気に包まれ、外国人に対する社会の分断が可視化される形となりました。
埼玉県蕨駅前で外国人排斥を訴える街頭演説とそれに対峙する人々
「国家なき民族」クルド人の日本での軌跡
蕨市は隣接する川口市とともに、多数のクルド人が暮らす地域として知られています。クルド人は「国家なき世界最大の民族」と称され、主に中東のトルコやシリアなどに約3千万人が分かれて生活しています。しかし、少数民族であるがゆえに差別や迫害を受けることが多く、故郷を追われる人々も少なくありません。
埼玉県内には1990年代から、迫害から逃れてきたクルド人が増加し始め、現在では蕨市と川口市を中心に、約2千人ものクルド人が生活を営んでいます。彼らの多くは、不安定な法的地位の中で、日本の社会に溶け込もうと努力しています。
ヘイト深刻化の背景:SNS情報拡散と事件の影響
クルド人に対する差別やヘイト感情が深刻化したのは、2023年7月頃からと指摘されています。この時期、川口市でクルド人同士の男女間トラブルから殺人未遂事件が発生し、負傷者の搬送先の病院に親族らが集結して乱闘騒ぎに発展しました。騒ぎを鎮めようとするクルド人もいたものの、この事件に関する情報がSNS上で誇張されて拡散され、「クルド人は怖い」といったネガティブなイメージが広まるきっかけとなりました。
「最近は、薄く広く、外国人に対する嫌悪感が広がっていると感じます」と語るのは、蕨市と川口市を中心に活動するクルド人支援団体「在日クルド人と共に」代表理事の温井立央さんです。温井さんによると、以前はインターネットや電話による誹謗中傷が主でしたが、今ではそれがネット空間を超え、実際の生活圏にまで広がりを見せているといいます。
「今夏の参院選で外国人問題が争点となり、税制や生活保護で優遇を受けているといった、外国人に対する事実誤認の情報がSNSで拡散されました。それを見た多くの人が不安や恐怖を抱き、クルド人だけでなくすべての外国人に対し嫌悪感を抱くようになったと思います」と温井さんは分析します。
当事者たちの声:広がる嫌悪感と募る危機感
当事者であるクルド人自身は、現状をどのように感じているのでしょうか。「日本クルド文化協会」事務局長を務め、2009年から日本で暮らすワッカス・チョーラクさん(44)は、現在の状況に強い危機感を抱いています。
ワッカスさんは、「それまで差別されることなく平和に暮らしてきたのに、急に『クルド人問題』が出てきました。日本の経済が悪化し国民のストレスが高まる中、クルド人がそのはけ口に誘導されている印象です」と胸の内を明かします。経済状況の悪化が、特定の外国人グループへの排他的な感情を助長する要因となっている可能性を示唆しています。
まとめ
埼玉県川口市と蕨市で深刻化するクルド人に対する差別やヘイトスピーチは、単なる地域の問題にとどまらず、日本社会全体が直面する多文化共生の課題を浮き彫りにしています。SNSでの誤情報の拡散や経済状況の悪化が、外国人に対する嫌悪感を増幅させる背景にあると指摘されており、正確な情報に基づいた理解と、異なる文化を持つ人々との対話が喫緊の課題となっています。今後、日本社会が多様な背景を持つ人々との共生をどのように実現していくのか、その動向が注目されます。