アトピー性皮膚炎治療の新たな夜明け:新薬がもたらす希望と未解決の課題

アトピー性皮膚炎は、激しい痒みを伴う慢性的な皮膚疾患であり、日本全国で深刻な影響を及ぼしています。2023年の厚生労働省患者調査によると、その患者数は160万人にも上り、通院頻度が低い軽症者を含めると200万人を超えるとも言われています。幼少期に発症し、成長と共に症状が落ち着くケースもありますが、成人後も長年苦しむ患者は少なくありません。この病は命に関わるものではないものの、肌荒れによる外見上の問題が心理的な負担となり、激しい痒みは学業や仕事に支障をきたし、患者のQOL(生活の質)を著しく低下させています。

アトピー性皮膚炎で炎症を起こした子どもの腕と、肌ケアをする様子。重症化するとQOLに影響。アトピー性皮膚炎で炎症を起こした子どもの腕と、肌ケアをする様子。重症化するとQOLに影響。

国内アトピー性皮膚炎患者の現状とQOLへの影響

長年にわたりアトピー性皮膚炎に苦しんできた30代のある女性患者は、その過酷な経験を語ります。「私は生後すぐに重症のアトピー性皮膚炎を発症し、頭皮から足の裏まで全身に発疹が出ていました。体中が掻き傷だらけで赤く腫れ上がり、浸出液が出て、体を動かすだけで激痛が走る日々でした。10代の頃は綺麗な肌を望むものですが、私の肌はボロボロで、時には死んだ方が楽だと感じるほどでした。就職後も様々な治療を試しましたが、仕事が忙しくなると悪化し、辛い毎日でした」。このように、アトピー性皮膚炎は単なる皮膚の病を超え、患者の精神的健康や社会生活に深く影響を及ぼすのです。

治療の転換点:新薬ラッシュがもたらす希望

アトピー性皮膚炎の治療は、70年以上にわたり炎症を抑えるステロイド外用薬が基本的な薬として用いられてきました。しかし、毎日の塗布は患者にとって大きな負担であり、症状が改善すると使用を中止し、悪化すれば再開するという繰り返しが常態化していました。また、中等症以上の患者には効果が限定的という課題も抱えていました。

この状況が大きく変化したのは2018年です。痒みの原因物質であるサイトカインの働きを抑制するバイオ医薬品「デュピルマブ(商品名デュピクセント=注射薬)」が承認されたことを皮切りに、治療薬の開発は急速に進展しました。その後も、サイトカインの伝達に必要な酵素(JAK)の働きを阻害するJAK阻害剤「バリシチニブ(商品名オルミエント=経口薬)」や「ウパダシチニブ(商品名リンヴォック=経口薬)」など、注射薬、経口薬、外用薬が次々と承認され、「新薬ラッシュ」とも呼べる状況となりました。現在では10種類もの新薬が承認され、小児への適用も進められています。前述の30代女性患者も、医師に勧められた新薬を試したところ、長年の痒みから解放され、生まれて初めて熟睡を体験できたと語り、QOLの劇的な改善を実感しています。

新薬普及への課題:治療格差の現実

新薬の登場は多くの患者に希望をもたらしましたが、承認から7年半が経過し、次々と新しい治療選択肢が増えているにもかかわらず、その恩恵を享受できていない患者が多数存在するという現実が浮き彫りになっています。医療コンサルタントの指摘によると、ステロイドなどで効果が見られない中等症以上の患者を対象とする新薬ですが、実際にこれらの新薬で治療を受けられている患者は全体の1~2割に過ぎないと言われています。新薬は治療に大きな進歩をもたらしたものの、そのアクセスの格差が、アトピー性皮膚炎治療における新たな課題として認識されています。

まとめ

アトピー性皮膚炎は、日本で160万人以上が苦しむ慢性疾患であり、患者のQOLに深刻な影響を与えています。長らくステロイド外用薬が中心だった治療は、2018年以降のバイオ医薬品やJAK阻害剤といった新薬の登場により劇的な転換期を迎えました。これらの新薬は、長年の苦痛から患者を解放し、生活の質の劇的な改善をもたらす可能性を秘めています。しかし、その一方で、新薬の承認から時間が経過した今もなお、実際に治療を受けられている患者がごく一部にとどまるという「治療格差」が大きな課題として残されています。より多くの患者がこれらの革新的な治療にアクセスできるよう、今後の医療体制の改善が強く求められます。

参考文献