女子枠と教育の機会均等:見過ごされがちな真の公平性とは

三田紀房氏の人気受験漫画『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生の土田淳真氏が教育と受験の深層を読み解く連載。今回は、日本の教育制度における「機会の均等」という根幹的な理念と、近年注目される「女子枠」の導入がもたらす複雑な課題に焦点を当てる。大学入試における公平性を追求する中で、一見、男女格差の是正を目指す制度が、時に新たな不均衡を生み出す可能性について考察し、真の「機会均等」を実現するための多角的な視点と改善策を提示する。

教育の機会均等を問う『ドラゴン桜2』の一場面教育の機会均等を問う『ドラゴン桜2』の一場面

「女子枠」導入の背景と現行制度への疑問

理系学部の男女格差是正を目指す「女子枠」

教育基本法に明記されている「教育における機会の均等」は、全ての国民が等しく教育を受ける権利を持つという基本原則である。この原則に基づきつつ、近年、特に理系学部において男女の進学率や数の差を是正する目的で「女子枠」の設置が活発に議論されている。国立大学における初の女子枠導入は1994年度の名古屋工業大学に遡るが、世間の大きな注目を集めたのは、京都大学や東京工業大学(現・東京科学大学)が2024年春ごろに入試での女子枠設置を決定した際であった。

筆者自身、男子校出身であることから、当初はこの「女子枠」導入に賛成の立場だった。理系分野に女性が極端に少ない現状は、個人の選択の結果というよりも、社会構造の歪みを強く反映していると感じていたからである。この視点から、女子枠は男女格差を是正するための積極的な一歩だと捉えていた。

「属性」による一律区分がもたらす新たな不均衡

しかし、実際に大学に入学し、多様な背景を持つ学生たちと出会う中で、この問題が単純ではないことに気づかされた。「属性」で一律に区切ることの危うさが浮き彫りになったのである。制度によって是正すべき教育格差は、現行の女子枠制度で過不足なく改善できるのか、という根本的な疑問が生じた。

例えば、極論ではあるが、「地方の公立高校出身で、経済的にも塾に通うのが難しかった男子学生」と、「都心の裕福な家庭で、中高一貫の私立女子校で手厚い教育を受けてきた女子学生」を比較した場合、どちらがより「不利な環境」を乗り越えてきたと言えるだろうか。現行の「女子枠」は、こうした個別の事情を無視し、「都心の恵まれた女子学生」を「地方の不利な男子学生」よりも一律に優遇してしまう結果を招く可能性がある。これは、「機会の均等」を保証するどころか、新たな不公平を生み出すことになりかねない。

真の「機会均等」へ向けた「女子枠」の発展的改善策

大学側の戦略的理由と「機会均等」対「結果の公平性」

大学側がこのような批判を承知の上で女子枠制度を導入するのには、明確な戦略的理由がある。最大の論拠は、「ロールモデルの不在」という負の連鎖を断ち切ることだ。現状、工学部などの教授陣や学生が男性ばかりの環境では、女子中高生が将来の自分をイメージしにくい。まず「枠」を作ってでも女性の数を増やすことで、彼女たちがマイノリティでなくなる環境を作り、それが次の世代の女子学生を引きつける好循環を生む、という「積極的な」狙いがそこにはある。

この議論の対立軸は、「機会の均等」と「結果の公平性」のどちらを重視するかという点に集約される。残念ながら、両方とも同じくらい重視するというアプローチは難しいのが現状だ。筆者自身、女子枠を絶対になくすべきだとは考えていない。むしろ、「発展的改善」を目指すべきであると考える。教育基本法が謳う「機会の均等」をあえて曲げ、「結果の公平性」を優先するからには、この制度には単なる入試改革以上の、徹底した議論と慎重な設計が不可欠となる。

目的明確化、当事者意見聴取、長期検証による制度設計

「女子枠」制度の「発展的改善」のためには、いくつかの具体的な方策が考えられる。

まず最も重要なのは、目的を明らかにした制度設計である。何を是正しようとしている制度なのかを明確にし、制度が助けるべき本当に苦しんでいる層と、結果的に恩恵を受ける層が別々では意味がない。真に支援が必要な学生層を特定し、そのニーズに応じた設計が求められる。

次に、当事者からの意見聴取である。この制度によって不利益を被る可能性のある男子学生、そして「枠」に戸惑いや複雑な感情を抱く女子学生たちの声にも真摯に耳を傾ける必要がある。制度導入の過程で、多様な立場からの意見を反映させることで、より受容性の高い、公平な制度設計が可能となるだろう。

そして最後に、長期的な検証が求められる。制度導入によって、その分野を志望する女子学生の総数は本当に増えたのか、あるいはその先、研究職に就く割合まで含めて検証する必要がある。単に入学時の数字だけでなく、将来的なキャリアパスへの影響まで見据え、効果の客観的な評価と制度の見直しを継続的に行うことが重要だ。

教育における「機会の均等」と「女子枠」の問題は、現代社会の複雑な男女格差を映し出す鏡である。表面的な数字の是正に留まらず、個々の学生が直面する多様な困難を理解し、真に公平な教育環境を築くための深い議論と継続的な改善努力が、日本の未来を形作る上で不可欠と言えるだろう。

出典: https://news.yahoo.co.jp/articles/3e29a2963aa2e5ed69cbfe59f6afe701d8bc111f