受験漫画『ドラゴン桜2』で提示された斬新な中学入試方法「くじ引き」は、多くの読者に驚きを与えました。実力主義が当然とされる現代において、運に左右される選抜方法は果たして有効なのでしょうか?本記事では、この「くじ引き」というアイデアが、現実の教育現場や組織論においてどのように議論され、どのような意外な側面を持つのかを、イグノーベル賞を受賞した研究や「ピーターの法則」を交えながら深掘りします。
現実の入試に見る「くじ引き」の導入事例
『ドラゴン桜2』に登場する東大合格請負人・桜木建二は、新たに設立する付属中学校の入試で「くじ引き」を導入すると提案し、周囲を驚かせます。一見すると非現実的なこの選抜方法ですが、実は現実の教育現場、特に国立小学校の入試においては一部で抽選が取り入れられています。例えば、東京学芸大学附属竹早小学校やお茶の水女子大学附属小学校では、第1次選抜や第3次選抜の一部を抽選で実施する形式が見られます。

漫画『ドラゴン桜2』に描かれる、東大合格請負人・桜木建二による付属中学校のくじ引き入試提案のシーン
また、中学受験の最難関の一つである筑波大学附属駒場中学校でも、かつて第1次選抜に抽選制度がありましたが、これは出願人数が定員の8倍を超えた場合に実施されるもので、近年は適用されていません。これらの事例は、「くじ引き」が完全に空想の世界の話ではないことを示唆しています。
組織効率を高める「ランダム昇進」の驚くべき研究
「くじ引き」の概念は入試だけでなく、組織論や経営学の分野においても仮想的な議論の対象となっています。特に注目すべきは、「くじ引きで選んだ人を昇進させる」というアイデアに関する研究です。アレッサンドロ・プルチーノ氏らの研究チームは、このテーマで2010年に「人々を笑わせ考えさせた研究」に贈られるイグノーベル賞を受賞しました。
プルチーノ氏らは、コンピュータ上に仮想的な階層組織を構築し、構成員に「能力」と「年齢」を設定した上で、昇進の仕組みをシミュレーションしました。具体的には、「最も能力の高い人物を昇進させる『メリトクラシー(成果主義)』方法(A)」と、「候補者の中から完全にランダムで昇進者を選ぶ『ランダム昇進』方法(B)」などを比較。その結果、意外にも(B)の「ランダム昇進」の方が、長期的に組織全体の効率を高めることが示されたのです。
「ピーターの法則」が示す実力主義の落とし穴
プルチーノ氏らの研究の背景には、1960年代に提唱された「ピーターの法則」があります。これは、「組織において、人は現在の階級での有能さを基準として昇進し、やがて自らの能力では対応できない階級=無能レベルに達して昇進が止まる」という理論です。成果主義がもたらすこの「無能化」の傾向は、多くの組織が抱える課題として認識されてきました。
プルチーノ氏らは、ピーターの法則を数理モデルで再現し、昇進時に「新しい職位での能力は、以前の職位での能力と無相関である」と仮定しました。この仮定に基づくと、「優秀な人を選ぶほど、ピーターの法則が強く働き、組織全体の効率が低下する」という逆説が浮かび上がったのです。つまり、実力主義によって優秀な人材ばかりを選んで昇進させると、最終的には彼らが適応できない地位に到達し、組織全体のパフォーマンスが落ちる可能性があると指摘しています。ランダムに昇進者を選ぶことで、「たまたま不適応職に昇進してしまうリスク」が分散され、結果的に組織の平均的な生産性を維持できる可能性が示唆されたのです。
「くじ引き万能説」の限界と現実への適用課題
ランダムな選抜や昇進が組織効率に繋がるという研究は非常に興味深いものですが、「くじ引き万能説」にも限界があります。第一に、これはあくまでコンピュータ上でのシミュレーション結果であり、実際の人間組織に適用した実証研究ではありません。人間の複雑な心理や行動、モチベーション、人間関係といった要素は単純化されたモデルでは考慮されていません。
「どれだけ努力しても、昇進が確率的に決まる」となれば、個人の努力や成果への意欲そのものが損なわれる可能性も否定できません。桜木が提案した「入試くじ引き」も、プルチーノ氏らの「昇進ランダム化」も、実力主義に対する示唆に富むアンチテーゼではあります。しかし、現実社会で導入されるには、「公平さ」の確保や、結果に対する「納得感」をどう担保するかという、より深い議論と社会的な合意形成が不可欠であると言えるでしょう。
結論
『ドラゴン桜2』に描かれた中学入試の「くじ引き」や、イグノーベル賞を受賞した「ランダム昇進」の研究は、現代社会の実力主義や成果主義が抱える潜在的な問題点に対し、新たな視点を提供してくれます。特に「ピーターの法則」との関連は、組織運営において「最も優秀な人を選ぶこと」が常に最善とは限らないという、意外な真実を浮き彫りにしました。しかし、これらのアイデアを現実社会に適用するには、シミュレーションでは捉えきれない人間の複雑な感情や、社会的な受容性といった課題が山積しています。「くじ引き」が教育や組織の未来を形作るか否かは、今後の多角的な議論と検証にかかっていると言えるでしょう。
参考資料
- 『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
 - 「ピーターの法則」(ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル)
 - イグノーベル賞(2010年受賞:アレッサンドロ・プルチーノ氏らの「組織内における無能の拡散モデル」研究)
 - 参照記事: Yahoo!ニュース (Diamond Online掲載)
 
					




