日本を取り巻く「存立危機事態」の波紋:高市首相発言と日中関係の緊張

日本を取り巻く国際情勢が複雑化する中、「存立危機事態」を巡る議論が日中関係に新たな緊張をもたらしています。高市早苗首相の最近の発言は、この外交的・安全保障上のデリケートな問題に焦点を当て、その経緯と意味合いを深く掘り下げていく必要があります。本記事では、事態がここに至った背景を整理し、問題解決への糸口を探ります。

「存立危機事態」とは何か?平和安全法制の定義

「存立危機事態」とは、2015年に成立した平和安全法制によって導入された概念です。これは、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、それにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を指します。

集団的自衛権を行使する際には、厳格な三つの条件を満たす必要があります。第一に、日本の存立が脅かされる明白な危険が存在すること。第二に、国民の権利が根底から覆される重大な危険が存在すること。そして第三に、他に適切な手段がないことです。これらの条件がすべて満たされた上で、国会の承認を得ることが義務付けられています。

なお、2015年の法制導入時には、対象となる地域としてホルムズ海峡や朝鮮半島が想定されていましたが、台湾は具体的に含まれていませんでした。立憲民主党の岡田克也元外相は、フィリピンと台湾の間にあるバシー海峡を例に挙げ、この海域が日本のシーレーン(通商上・戦略上重要な海上交通路)の一部であることを指摘しました。

存立危機事態を巡る高市首相の発言が日中関係に波紋を広げ、緊張が高まる様子存立危機事態を巡る高市首相の発言が日中関係に波紋を広げ、緊張が高まる様子

高市首相の明確な見解と歴代政権のスタンス

この議論のきっかけは、11月7日の衆議院予算委員会での岡田克也元外相による質問でした。岡田氏は、2024年の自民党総裁選挙で高市首相が中国による台湾の海上封鎖を存立危機事態の例として挙げていたことを踏まえ、具体的にどのような事態がこれに該当するのかを問いました。

高市首相は、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースであると私は考えます」と明確な見解を示しました。この発言は、従来の政権が特定の国や事態を想定せず、より曖昧な表現にとどめていた姿勢とは一線を画すものでした。

例えば、安倍晋三元首相は2015年5月の参議院本会議で、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国において生活物資の不足や電力不足によるライフラインの途絶が起こるなど、単なる経済的影響にとどまらず国民生活に死活的な影響が生じるような場合には、状況を総合的に判断して、わが国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況に至る可能性はありえます」と述べています。その上で、「攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、わが国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断することとなります」と、個別具体的な状況に基づいた総合的な判断を強調していました。

結論

高市首相による「存立危機事態」に関する具体的な言及は、日本の安全保障政策、特に集団的自衛権の行使を巡る議論に新たな局面をもたらしました。これは、抽象的であった概念をより現実的なシナリオと結びつけ、日中関係の緊張感を高める要因ともなっています。今後、この発言が国際社会、特に日本と中国の関係にどのような影響を及ぼすのか、その動向が注目されます。日本政府は、透明性のある説明と慎重な外交努力を通じて、地域の安定に貢献する姿勢が求められるでしょう。