高市早苗総理大臣による「台湾有事と存立危機事態」に関する国会答弁は、日中間のみならず日本国内でも激しい議論を巻き起こし、その評価は賛否両論に分かれています。国会、テレビ、SNS上では、それぞれの立場から相手方への厳しい非難が交錯する状況です。しかし、この議論の中には、事実を正確に把握しないままの空論も少なくありません。本稿では、高市氏の答弁の核心と、それを取り巻く誤解について、公開情報に基づき冷静に分析します。
台湾外交部の冷静な分析とその重要性
高市答弁を巡る喧騒の中で、最も冷静かつ的確に答弁内容を分析し、結論を指摘したのは台湾外交部でした。2025年11月24日、台湾外交部は議会に対し、「高市答弁から直接、『日本が台湾を防衛する』と解釈するのは難しい」と報告。日本政府が「台湾有事」に関して戦略的曖昧な立場を維持していると指摘した上で、日本政府の意思決定はアメリカの動向や日本の世論など、多くの要因の影響を受けると分析しています。この分析は、本来日本政府が国内向けに説明すべき内容を端的に示しており、その冷静さには日本政府も感謝すべきだと言えるでしょう。
高市早苗氏、台湾有事に関する国会答弁で注目を集める
「存立危機事態」の正確な理解と集団的自衛権
中国政府は高市答弁を「日本が台湾を口実に、再び中国に武力を行使すると宣言した」かのように喧伝していますが、これは「存立危機事態」の概念を意図的に誤解しているものと見られます。高市答弁が言及したのはあくまで集団的自衛権に関する「存立危機事態」であり、これは台湾有事の際、アメリカが介入して初めて日米関係において発動が議論されるものです。日本と台湾の関係で直接始まるものではありません。台湾外交部が「日本が台湾を防衛すると解釈するのは難しい」と分析しているのは、この点を正確に理解しているからです。日本の人々が「日本は(アメリカの介入があってもなくても)台湾を助けに来てくれる」との期待を膨らませることのないよう、現実を突き付けたとも言えるでしょう。
しかし、中国のみならず日本国内にも「存立危機事態」の定義を踏まえないまま議論を展開する向きが散見されます。高市氏の発言を批判する人々も、擁護する人々の中にも、これを日米関係ではなく日台関係の問題と誤解しているケースが見られます。これに対し、日本政府は「従来の説明通り」とするのみで、国内向けの誤解を解く積極的な姿勢を示していません。現在の日本の能力では、台湾を直接防衛することは困難です。中国は台湾への武力による統一という選択肢を放棄しておらず、台湾有事が発生した場合、行動を起こすのはあくまで中国であり、米国や台湾、そして日本はそれに対してどう反応するかが問われる立場です。中国の言い分に乗って、日本が先んじて軍事的アクションを起こすかのような前提で批判することは、明らかに本質を見誤っています。
外交的側面と邦人保護の現実
高市氏の答弁が、法的に間違っているわけではないとしても、その表現が分かりづらかったことは確かです。特に「米軍の来援」を前提とした話しぶりは、アメリカの「戦略的曖昧さ」に対する中国の受け止め方に変化をもたらす可能性があり、外交上問題視されてしかるべき点です。また、「先行して勇ましいことを言ってもアメリカにはしごを外されるだけ」という批判もありますが、存立危機事態の認定からの集団的自衛権行使はアメリカの来援が前提となるため、アメリカが来援しなければ存立危機事態にもならないという現実があります。
一方で、高市発言を機に「中台問題における日本の外交的曖昧戦略」を破壊し、「中国の内政問題に口を出すな」と主張する日本の有識者も散見されます。さらに、戦争に巻き込まれるのを忌避するあまり、台湾の人々を見捨てても構わないと言わんばかりの非人道的意見も飛び交っています。しかし、現在台湾には約2万人の邦人が在住しており、多くの日本人旅行者も訪れています。台湾有事が発生した場合、少なくとも邦人保護は喫緊の課題となり、この時点で自衛隊は危険を冒して台湾有事に関与せざるを得ません。「台湾有事に一切関わるな」と主張する人々は、この現実をどこまで認識しているのでしょうか。
高市答弁の是非を問う前に、まずはこれらの前提を共有し、冷静かつ多角的な視点から議論を進めることが不可欠です。感情的な対立や誤解に基づいた議論ではなく、事実に基づいた建設的な対話が、日本の安全保障と外交戦略の確立には求められています。





