日本のバラマキ政治と財政危機:1700兆円の借金と「クレクレ民主主義」

7月に控える参議院選挙を前に、各政党は物価高に対する様々な対策を打ち出しています。かつて国民世論の反対で立ち消えとなった給付金案も、6月に入り再び浮上しました。各種世論調査からは、国民は給付金よりも消費税の減税を求める声が多いものの、バラマキ自体を拒否しているわけではない現状がうかがえます。

演説をする政治家と聴衆:日本のバラマキ政策と有権者の期待演説をする政治家と聴衆:日本のバラマキ政策と有権者の期待

「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちればただの人」という言葉があるように、政治家であり続けることを目的とする政治家は常に「票」を意識して行動します。実際、主に野党から主張されている消費税減税は、もし本当に経済対策として必要ならば、現在の衆議院が少数与党であることを考慮すれば、2025年度当初予算策定時に野党が一致して要求すれば実現の可能性は高かったはずです。それにもかかわらず、このタイミングで消費税減税を持ち出すのは、経済対策というよりは参院選を意識したバラマキに過ぎないという側面が強いと言えるでしょう。政治によるバラマキ政策には問題が多いですが、一方でそれを求める国民が存在するのも事実です。筆者はこれを「バラマキ政治とクレクレ民主主義」という構造と呼んでいます。

デンマークの社会学者エスピン=アンデルセンの分類によれば、元々、保守主義レジームとして家族を基盤とし、真に困窮した者に必要最小限の給付を行っていた日本は、リーマンショック前後から所得の高低に関わらず給付を行う「社会民主主義レジーム」への転換が図られつつあります。これが、近年議論される「全世代型社会保障」にも通じる動きです。リーマンショック以降の経済的困窮対策が強化される中、アベノミクスによって実質的な財政ファイナンスの道が整備されました。これにより、とりあえず現在の国民には負担が感じられにくい「財政錯覚」が生じ、財政規律が緩んだ結果、「広く薄く」というバラマキが経済政策の哲学の中心に据えられてしまいました。その結果、現役世代、高齢世代を問わず、本当に支援が必要な人々へ効果的かつ十分な支援が届かないという現状があります。

現代の日本財政:危険な「満員電車」状態

「バラマキ政治とクレクレ民主主義」のもとでは、赤字国債の発行という、自らはバラマキのコストの一部しか負担しない形で政策が進められ、そのツケは将来世代、つまり子や孫の代に先送りされています。この負担の先送り構造について、国民は気づいていないのか、あるいは見て見ぬふりをしているのか、反対するどころか、「国債は負担ではない」「税は財源ではない」といった主張まで飛び出し、さらなるバラマキを要求する始末です。

しかし、「フリーランチ」は存在しません。これまでのバラマキ政策の結果、日本政府は約1700兆円もの債務超過に陥っています。日本の財政や社会保障制度を次世代に健全な形で残すためには、経済成長、インフレ、増税、歳出削減といったいずれかの方法で、この巨額の債務超過を管理する必要があります。人口減少や低成長が続く現代社会では、所得の成長に伴う担税力の改善は期待しにくく、安易に赤字国債を発行して歳出をいたずらに拡大することは、危険な「満員電車」に例えることができるでしょう。

満員電車では、狭い車両に閉じ込められた個々の乗客は非常に苦しい状況にあり、立つことさえやっとです。そして、そうした状況を利用するかのように、最初から自立を諦め、他人に寄りかかることで安定を得ようとする乗客が一定数存在します。寄りかかる側は楽かもしれませんが、寄りかかられる側は、自身の安定だけでなく、他人の体の重みも同時に支えなければならず、一層厳しい状況に置かれます。さらに悪いことに、不幸にも満員電車が何らかの危険を察知して急ブレーキをかけた場合、乗客全員が将棋倒しとなり、押し潰されるといった大惨事を引き起こすリスクがあります。このような悲劇的な結末を回避するには、電車の容量自体を大きくするか、満員電車の中で他人に寄りかかる乗客を減らしていくしかありません。現在の日本財政もこれと同じ状況にあると言えます。

電車(経済)を大きくするためには、経済の基礎体力を根本的に強化する必要がありますが、これまでの延長線上の経済政策では現実的な効果は期待できません。これまで実施されてきた給付金や補助金で需要を喚起しようとするような「経済対策」では、十分な経済の拡大は達成されませんでした。

満員電車の中で他人に寄りかかる乗客を減らすということは、肥大化し続ける歳出を削減し、政府からの給付や補助金に頼らずとも本来は自立できるはずの国民、企業、NPOなどを自立させ、真に助けが必要な主体に給付を集中させることを意味します。そのためには、歳出を歳入の範囲内に抑えることが最も効果的です。例えば、潜在的国民負担率に上限を設定するといった方法で、歳出の際限ない拡大に歯止めをかける必要があります。

健全な財政運営には、金融環境の正常化も不可欠です。本来であれば、政府債務残高が高い国が、安定的な財源の裏付けのない無理な財政拡大策を実行しようとすれば、市場において国債金利が高騰し、市場の規律が政府の財政運営を修正する働きをします。こうした市場規律が、政府の無謀な財政運営を是正した例として、英国で起きたトラス・ショックが挙げられます。これに対し、日本は日本銀行による金融抑圧の影響により、政府が無理な財政拡大を行っても市場金利がほとんど反応せず、莫大な政府債務という「マグマ」が地下に溜まり続けている状況です。いつ金利高騰という「大爆発」が起きるか不透明な状況に陥っています。トラス・ショックから日本が得るべき教訓があるとすれば、財政に市場規律が働く環境を回復させることで、安易な赤字国債の発行を許さず、税収増を給付金や減税といったバラマキに直結させるのではなく、優先的に債務削減に充てる努力をすべきであるということです。