新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的に拡大し、私たちの生活が大きく変わったことは記憶に新しいでしょう。特に日本では、2021年からメッセンジャーRNA(mRNA)を使った新しいタイプのワクチン接種が本格的に始まり、多くの人が左肩への筋肉注射を受けました。この時期に顕著に見られた健康問題の一つが、ワクチン接種後に肩に強い痛みが長期にわたって続く「SIRVA(シルバ)」と呼ばれる病態です。
「SIRVA(シルバ)」とは何か?増加の背景
SIRVAとは、Shoulder Injury Related Vaccine Administrationの頭文字をとったもので、「ワクチン接種に関連する肩の損傷」を意味します。新型コロナワクチンの集団接種が進む中で、五十肩のような肩の痛みを訴える患者さんが肩専門医のもとに急増しました。
奥野祐次医師によると、ワクチン接種から数日間の一時的な痛みにとどまらず、痛みが徐々に増強し、五十肩の状態が改善しないケースが多発したとのことです。ワクチン接種がきっかけで五十肩に似た状態になったという患者さんが、当時のクリニックには数多く来院していました。
当初は偶然五十肩が重なった可能性も考えられましたが、あまりの患者数の多さから、これは偶然ではないと遠藤健司医師は指摘しています。
SIRVAの症状と一般的な五十肩との違い
SIRVAの症状は、ワクチン接種後数時間から数日以内に始まり、数週間から数ヶ月、あるいはそれ以上にわたって持続する肩の痛みと可動域制限が特徴です。これは一般的な肩の筋肉痛や疲労による一時的な痛みとは異なり、五十肩(肩関節周囲炎)に非常に類似しています。
しかし、専門医の経験では、通常の重度の五十肩よりも炎症がしぶとく、治療に難渋するケースが見られたといいます。痛みが長引き、日常生活の質を大きく低下させる点が問題となります。
コロナワクチン接種後の肩の痛み、SIRVAの症状をイメージさせる画像
SIRVAの考えられる原因と医療現場での認識
SIRVAの正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、ワクチンが適切ではない部位(本来の筋肉層よりも浅い、肩関節の近く)に注射されたり、通常よりも深い位置に針が進みすぎたりすることで、肩関節周囲の滑液包や靭帯、腱などの組織が損傷または炎症を起こすことが原因と考えられています。
また、遠藤医師は、慢性の痛みの部分にできる異常な血管である「モヤモヤ血管」がSIRVAの原因ではないかと推測しています。免疫状態の異常な活性化が炎症を引き起こし、五十肩に近い状態、あるいはモヤモヤ血管の発生につながる可能性が示唆されています。
しかし、ワクチン接種を行った医療機関や国は、リスクを負うことを避ける傾向があり、このSIRVAという病態について公式に認める動きはほとんど見られませんでした。一部の肩専門医の間では「腕の上の方に注射を打つとなりやすい」といった情報が共有されていましたが、広くメディアで報道されることはありませんでした。
年齢層に見るSIRVAの特徴:若年層の発症例
五十肩は一般的に50代を中心に発症することが多いため、高齢者がSIRVAを発症した場合、加齢による五十肩と区別がつきにくい側面があります。しかし、奥野医師が診察したSIRVA患者の中には、18歳という非常に若い女性が含まれていました。
18歳という年齢で自然に五十肩を発症することは極めて稀であるため、この症例は新型コロナワクチン接種がSIRVAの発症に直接関連していることを強く示唆しています。このように、本来五十肩を発症しにくい若年層での発症例は、ワクチンとの関連性を明確にする重要な手掛かりとなります。
副作用報道における「痛み」の軽視
新型コロナワクチンの副反応については、血栓症や心筋炎などのより重篤で命に関わる事案がメディアで大きく取り上げられ、広く報道されました。一方で、SIRVAのような、生活の質を著しく低下させる慢性の「痛み」に関する問題については、ほとんど言及されることがありませんでした。
この報道の偏りは、SIRVAに苦しむ多くの患者さんが、自身の痛みがワクチン接種と関連がある可能性を知らずに過ごしたり、「たかが痛み」と軽視されたりする状況を生んだ可能性があります。痛みは単なる不快な感覚ではなく、放置すれば慢性化し、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼす深刻な問題です。
結論
新型コロナワクチン接種後に発生する肩の痛み「SIRVA」は、五十肩に似た症状を呈し、しばしば長期化する病態です。多くの肩専門医がその症例数の増加を実感しており、特に若年層での発症例はワクチン接種との関連性を強く示しています。モヤモヤ血管などの関与も指摘されており、今後の研究が待たれます。血栓症などの重篤な副反応に比べて報道される機会は少なかったものの、SIRVAは多くの人々の生活の質に影響を及ぼす重要な健康問題であり、その存在と対策について広く認知されることが望まれます。
出典
遠藤健司・奥野祐次『こんなに痛いのにどうして「なんでもない」と医者に言われてしまうのでしょうか』より抜粋・編集