「殺人教師」と報じられた裏側:「でっちあげ」事件、懲戒処分取り消しの詳細

2003年に福岡市の小学校で発生し、担任教師が児童への自殺強要や凄惨な暴力によりPTSDに追いやったとされ、「殺人教師」とまで報じられた「教師によるいじめ」事件。この一連の出来事が、児童の両親による「でっちあげ」であったことを明らかにしたノンフィクション作家・福田ますみ氏の著書『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)は、第6回新潮ドキュメント賞を受賞しました。この実話に基づいた映画「でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男」が2024年6月27日に公開されたことを機に、事件から20年以上経った今なお学校現場を悩ませる「モンスターペアレント」問題の危険性を改めて探ります。本稿では、裁判で両親側の主張が退けられた経緯に続き、市教委による教師への懲戒処分が最終的に取り消された詳細な経緯に焦点を当てます。

映画「でっちあげ」でモンスターペアレントを演じた俳優陣の集合写真映画「でっちあげ」でモンスターペアレントを演じた俳優陣の集合写真

懲戒処分取消審理の再開と判定

裁判で一審、二審ともに児童両親の主張が主要部分で退けられたものの、教諭の闘いは終わりませんでした。裁判のために中断されていた、市教委による懲戒処分(停職6か月)に対する不服申し立ての審理が再開され、2013年1月17日に判定が言い渡されました。審理の過程は非公開ですが、判定文の内容を詳細に検証することで、処分が取り消された理由が明らかになります。

供述の「信用性」に関する厳格な判断

判定はまず、教諭が体罰を行ったとされる両親(仮名:卓二、和子)および児童(仮名:裕二)の供述の信用性を厳しく問いました。教諭が家庭訪問の翌日から体罰を行ったという主張に対し、判定は「家庭訪問から二十日間近く経過した後に、はじめて抗議したというのは、合理的な説明が不可能であって、和子と卓二の供述、さらに裕二の供述は、いずれも信用できない」と明確に否定しました。

また、「10カウント」や「ランドセルをゴミ箱に置く、あるいは入れる」といった行為についても、裕二児童が強い指導を必要とする状況であったことから、教育的な指導の一環として行われたにすぎないと判断されました。ただし、ランドセルをゴミ箱に入れる行為については行き過ぎであったと指摘されています。

家庭訪問時の「血が混じっている」という教諭の発言を巡る主張についても、教諭側の供述する会話の流れが自然で十分信用できる一方、両親側の主張する経緯は「虚偽というべきである」と断じられました。その理由として、児童の曽祖父がアメリカ人と聞いただけで教員が差別意識を露わにするのは極めて特異な人物像であり、川上教諭に関する他の証拠からそのような人物であることを示す形跡が一切ないことが挙げられました。

差別発言認定の根拠とその否定

教諭が「アメリカ人」「髪の赤い人」といった差別的な発言をしたとされる根拠として、事件後、校長が裕二児童のクラスの子供たちに行った聞き取り調査の結果が挙げられていました。「先生が じゅぎょう中やゲーム中に アメリカ人のことや 髪の毛のこと などを みんなの前や一人の子どもに言ったりしたところを 見たり 聞いたり したことが ある ない」という質問に対し、16名の児童が「ある」と回答したというものでした。

しかし、この聞き取り調査について判定は、「あまりにも漠然としていて、児童がどのような意味として理解し回答したのかが明らかではなく、申立人(教諭)が差別的発言をしたことの裏付けとすることはできない」と判断しました。調査方法の曖昧さから、証拠としての有効性が否定された形です。

「モンスターペアレント」の行為が教室を荒廃させるイメージ「モンスターペアレント」の行為が教室を荒廃させるイメージ

いじめ事実の否定と懲戒処分の取り消し

上記のような詳細な検証の結果、判定は、教諭がいじめを行ったとする両親および児童の主張には信用性がなく、校長が行った聞き取り調査も差別的発言の裏付けとはならないと結論づけました。これにより、いじめの事実そのものが否定され、教諭に対する懲戒処分が取り消される運びとなりました。

この懲戒処分取り消しという結果は、裁判における判断と並行して、公的な審理の場でも「でっちあげ」であった事実が認められたことを意味します。教師が虚偽の告発によって一方的に「殺人教師」の烙印を押され、社会的に抹殺されかけた事件は、適切な手続きと検証によって冤罪であったことが証明されました。福田ますみ氏のルポルタージュは、この事件の真相を深く掘り下げ、モンスターペアレント問題の根深さと、それが教育現場にもたらす深刻な影響を社会に問いかけるものです。

参考文献

  • 福田ますみ「『でっちあげ』事件、懲戒処分取り消しの詳細【後編】教師を蝕む『モンスターペアレント』」『新潮45』2013年3月号記事の再録
  • 福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)