「他人に迷惑をかけたくない」「依存するのはかっこ悪い」――このような考えから、困っていても人に頼ることをためらう人は少なくありません。しかし、心理学の観点からは、この「頼らない」姿勢は決して美徳ではなく、むしろ個人の心身を深く傷つける可能性がある最悪の考え方とされます。実際、ある地域では、人々が「助けを求める」ことを習慣にした結果、自殺率が劇的に低下したという報告もあります。自分自身の心と体を守るために、本当に必要な心の持ち方とは何でしょうか。本記事では、孤独や孤立がもたらす健康リスクと、他者に「上手に頼る」ことの重要性について、心理学的な知見に基づいて解説します。
社会的なつながりや支え合いをイメージした写真。孤独を防ぐことの重要性を示唆。
孤独や孤立は健康を蝕む深刻な問題
孤独や孤立が個人の健康だけでなく、社会全体に与える悪影響は、近年世界的に認識されつつあります。2018年にイギリスで「孤独担当大臣」が新設されたことは国際的な注目を集めました。これは、孤独がさまざまな健康問題や社会問題を引き起こし、人々の幸福を損なうという研究結果に基づき、孤独を国家レベルで取り組むべき課題と位置づけたものです。日本でも2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」が設置されました(現在は廃止され、内閣府の「孤独・孤立対策推進室」がその役割を担っています)。このように、孤独や孤立はもはや個人的な問題にとどまらず、放置できない社会問題であるという認識が世界中で広まっています。
心理学では、他者や社会からの支えを「ソーシャルサポート」と呼びます。ソーシャルサポートが豊富な人は孤独を感じにくく、不足している人は孤立している状態と言えます。1970年代以降に行われた数多くの研究によって、ソーシャルサポートが少ない状態、すなわち孤立が、心身の健康(うつ病、高血圧、結核、アルコール依存症、低出生体重児など)に深刻な悪影響を及ぼすことが明らかになっています。さらに衝撃的なのは、ソーシャルサポートが少ない人は、そうでない人と比べて死亡する確率が高いという研究結果も存在することです。端的に言えば、孤独や孤立は人々の心身の健康を害し、死に至るリスクを高めるのです。この影響は人間だけにとどまらず、実験では、孤立したネズミは、仲間と一緒にいるネズミと比較して薬物依存症になりやすいことも示されています。一時的な孤独や孤立がストレスを和らげる場合もありますが、そもそも孤独や孤立そのものが非常に強力なストレッサー(ストレスの原因)となり得ます。
「誰も助けてくれない」「誰も私の話を聞いてくれない」「頼りになる人が一人もいない」「誰も信じられない」「私はいつも独りぼっちだ」――このような思いを抱えている人が、本当に幸せであるはずがありません。これらの苦しい思いを生み出す環境や状況こそが、大きなストレッサーとなり人々を苦しめているのです。だからこそ私たちは、孤立した状態に陥らないようにすることが極めて重要です。
「自分にやさしくする」ために必要な「上手に頼る力」
「自分にやさしくする生き方」は、決して一人だけで実践できるものではありません。孤立を防ぎ、他者からのサポートを受け入れ、そして余裕があれば自分も他者をサポートする。このような相互に支え合う関係性の中でこそ、「自分にやさしくする生き方」は実現可能となります。
別の著作でも述べましたが、「セルフケア」とは確かに「自分で自分を助けること」を意味しますが、それは「人の助けを一切借りず、たった一人で自分を助けなさい」ということとは異なります。「自立とは依存先を増やすことである」という言葉があります(医師であり脳性まひ当事者でもある熊谷晋一郎氏の言葉)。私たちは、互いに頼り、また頼られるという関わりを通じてこそ、真の意味で自立して生きていくことができるのです。
中には、「そんなことを言われても、自分には今、頼れる人が一人もいない」と感じる人もいるかもしれません。ここで重要なのは、必ずしも現時点で物理的に誰かに頼ることだけが解決策ではないということです。「頼れる人を探す努力をする」「心の中で誰かを強く思い浮かべる」「人間以外の存在でも良いので、誰かや何かと一緒にいる」といった行動も、心理学的には十分に「誰かとつながる」ことにつながります。少なくとも、それらの行動は「心を孤立させない」ことにつながるのです。このように、困難な状況でも心を一人にしない工夫をすることが、心身の健康を保つ上で非常に大切です。
まとめ
「人に頼る」ことを避ける傾向は、日本ではしばしば美徳と捉えられがちですが、心理学の研究は、孤独や孤立が心身の健康に致命的な悪影響をもたらす深刻な問題であることを示しています。ソーシャルサポートの不足は、うつ病や様々な病気のリスクを高めるだけでなく、死亡率の上昇にも関連することがわかっています。真に「自分にやさしくする」ためには、一人で全てを抱え込むのではなく、他者に上手に頼り、支え合う関係性を築くことが不可欠です。「自立」とは「依存先を増やす」ことに他なりません。たとえ現時点で頼れる人がいないと感じていても、つながりを探求し、心を孤立させない努力を続けることが、自分自身の心身を守る上で最も重要な姿勢と言えるでしょう。