「はやくしてよ! 死んじゃうよぉ」――彼女はなぜ同居していた男を殺したのか……? 一度は社会復帰を助けたのに、被害者から受けた「ひどい仕打ち」とは? 平成11年に起きた事件の顛末を、事件サイト『事件備忘録』を運営する事件備忘録@中の人の新刊 『好きだったあなた 殺すしかなかった私』 (鉄人社)より一部抜粋してお届けする。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全4回の1回目/ 続き を読む)
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「はやくしてよ! 死んじゃうよぉ」
平成11年10月12日、豊島区の居酒屋から119番通報があった。救急隊員が駆け付けると、すでに店の外で通報者と思われる女性が立っていて、救急車を見つけるや否や近づいてきた。
「はやくしてよ! 死んじゃうよぉ」
狼狽えた女性が救急隊員を店内へ案内、そこには座敷があり、男性が血を流して倒れていた。男性は心肺停止状態、床の上には血だまりができていたことから、救急隊員は女性に事情を聞いた。
「どうしたの、誰がやったの? あなたがやったの?」
しかし女性は顔を背け、返答をしない。少し後、警察官が臨場した際には再び「どうにかしてよ!」と興奮した様子だった女性を見て、警察官は「あなたがやったのか」と確認した。
女性は、「私がやった」と警察官に告げた。
殺されたのは
死亡したのは田中浩司さん(仮名/当時47歳)。田中さんを刺したとして殺人容疑で逮捕されたのは、木村美津代(仮名/当時61歳)。居酒屋を経営していた美津代は、その知り合った経緯は不明だが、いつのころからか田中さんを家に住まわせていた。
田中さんは仕事がなかなか長続きしなかったといい、知り合った当時はホームレス状態だった。美津代と知り合って以降、その生活のほとんどを美津代の世話になっていた。美津代自身、姉御肌だったこともあって、14歳も年下の田中さんの世話をしながら居酒屋を切り盛りしていた。
事件があった日、実は田中さんの就職が決まったことで、閉店後ふたりで前祝をしていたという。美津代にしてみれば、どれほどこの日を待ち望んだかわからないほど、うれしいことだったようだ。