中学受験「夏の落とし穴」:期待と重圧に苦しむ子どもの実態

小学6年生の夏、中学受験を控える子どもたちにとって、夏期講習は成績向上の大きなチャンスと捉えられがちです。しかし、保護者が子どもに期待を寄せ、塾に通わせる一方で、この時期は子どもにとって計り知れないプレッシャーと試練の時となる場合があります。順風満帆に進まない中学受験において、夏を越えて大きく成長する子がいる一方で、自信を失い、心が折れてしまう子も少なくありません。教育問題に詳しいジャーナリストの宮本さおり氏は、夏期講習に潜む知られざる「落とし穴」について警鐘を鳴らしています。

中学受験の夏期講習で学習のプレッシャーに直面し、疲弊した様子の小学生男子。中学受験の夏期講習で学習のプレッシャーに直面し、疲弊した様子の小学生男子。

夏期講習がもたらす子どもの精神的負担

夏休み中、保護者が仕事で子どもの勉強に常時付き添えないため、多くの家庭で夏期講習は頼みの綱となります。しかし、保護者が一安心するその裏で、子どもたちには普段をはるかに上回る重いプレッシャーがかかっています。夏期講習期間は純粋に塾に通う時間が長くなるだけでなく、特に小学6年生の夏は、受験が目前に迫り、周りの子どもたちとの成績の差を嫌でも意識させられます。勉強が思うように進んでいない子どもにとっては、この期間中、勉強ができない劣等感に長時間さらされ続けることになります。宮本氏が取材した多くの家庭では、このようなプレッシャーに耐えきれず、夏期講習を途中でドロップアウトしてしまったケースが頻繁に見られます。

名門志向の母親とドロップアウトした小6男児の事例

宮本氏が取材した小学6年生の男子生徒の事例は、その典型です。彼の母親は名家の出身で、政治家を輩出するようなエリート家系でした。母親自身も小学校から大学の付属校に進学しており、息子にも同じ道を歩ませたいという強い願望を抱いていました。彼は小学3年生から大手塾の日能研に入塾していましたが、成績は伸び悩み、常に上から2番目のクラスで、偏差値も50台に留まっていました。結局、入試まで一度も最上位クラスに上がることはありませんでした。母親が第一志望校として決めたのは、いわゆる男子御三家の一つである武蔵高等学校中学校でした。しかし、この目標は彼自身が定めたものではなく、学習モチベーションもさほど高くありませんでした。小学6年生の夏になっても息子の成績は期待通りには伸びていかず、夏休みに入り夏期講習が始まっても状況に大きな変化は見られませんでした。

親の無理解が招いた悲劇

塾では学年が上がるにつれて生徒数が増え、競争は激化します。小学6年生の夏期講習は、受験が現実として目の前に迫り、自分の実力をまざまざと見せつけられる時期なのです。親からのプレッシャーと伸び悩む成績に板挟みにされて苦しんでいたこの生徒は、夏期講習でさらに自分と周囲との学力差を突きつけられ、ある時、心が完全に折れてしまいました。彼は塾に向かったものの、どうしても夏期講習に足が向かず、サボってしまったのです。これは彼なりのSOSだったはずです。しかし、時間になっても現れない彼に塾が気づき、すぐに母親に連絡がいきました。結果、「なんで行かなかったの!」と頭ごなしにひどく叱責されたといいます。まだ夏休みも序盤でリカバリーの余地はあったにもかかわらず、親は彼に寄り添うことができませんでした。ちなみに、彼の両親は、母親が熱心な教育者である一方、父親は中学受験に無頓着で、完全に受験のことは母親任せだったため、手を差し伸べることはなかったそうです。劣等感ばかり募るようなやり方で勉強をさせられても、うまくいくはずもありません。結局、夏休みを過ぎても彼の成績が上がることはありませんでした。そんな息子を見て焦った母親はさらに家庭教師をつけたものの、もはや手遅れでした。第一志望の武蔵は不合格となり、希望ではなかった土佐塾と滑り止めで受けた学校のみ合格という結果に終わりました。

夏期講習は中学受験において重要な位置を占めますが、その「落とし穴」には子どもたちの精神的な重圧が隠されています。成績向上だけでなく、子どもの心の状態を理解し、寄り添う親の姿勢が、何よりも重要であると宮本氏は指摘しています。

出典:中学受験は順風満帆には進まない