作家の石井健介氏が36歳という若さで視力を失ったことは、多くの人々に衝撃を与えました。その失明は、まさに予兆もなく突然訪れた出来事であったと彼は語ります。本稿では、石井氏が視力を失うまでの数日間に経験した不可解な違和感と、その時に彼が感じたこと、そして当時の医師からの予期せぬ診断について、彼自身の体験談を基に詳細に掘り下げていきます。目の健康は日々の生活の中で見過ごされがちですが、彼の体験は、私たちがいかに小さな異変に注意を払うべきかという重要な教訓を示しています。
36歳で突然失明した石井健介氏。視力を失う直前の初期症状について語る。
目の異変の始まり:喫茶店での奇妙な体験
2016年4月15日の金曜日、石井健介氏は仕事の打ち合わせのため、東京・有楽町駅前の椿屋珈琲にいました。当時の彼は、ファッション誌やウェブサイト、テレビ番組の占い原稿を制作する会社で働いており、世の中には多種多様な仕事があると改めて感じていたと言います。メイド服のような制服を着た店員が運んできたメニューを開いた瞬間、彼はある種の違和感を覚えました。
消えたメニューの文字:見過ごされたサイン
メニューに書かれた文字の一部が、まるで白く抜けたかのように消えて見えなかったのです。目の前に座っていた占い師のL氏に「このメニュー、変ですね。文字が消えてますよ」と尋ねると、L氏からは「そんなことないよ」という返事が返ってきました。自分の目を疑い、凝視し直した石井氏は、その異変がメニューではなく、自分自身の目から来ていることに気づきます。左目の中心部、ごく小さな一点が白く抜け、視界がぼやけていたのです。この時点では、彼はこの小さな目の異変を大したことではないと考えていました。
妻の助言と眼科受診への決意
打ち合わせを終えた石井氏は、保育園に娘を迎えに行き、帰宅しました。その頃には、左目に見えづらい場所があることすら、ほとんど気にならなくなっていたと言います。人は往々にして、些細な変化には目をつぶってしまいがちです。しかし、しばらくして帰宅した妻に目のことを話すと、看護師である彼女からは「とりあえず明日、病院に行ってきたら?」という的確なアドバイスを受けました。妻の専門的な助言を無下にはできないと考えた石井氏は、翌日、隣駅の駅前にある眼科クリニックへと足を運ぶことを決意しました。これが、彼の視力が突然失われるまでの、重要な数日間の始まりでした。
病院での「疲れ目」診断:見過ごされた真実
土曜日の午前中、ターミナル駅前の眼科クリニックの待合室は、多くの患者でごった返していました。予約をしていなかった石井氏は、最低でも1時間は待たされるだろうと静かに覚悟を決めます。その待ち時間、彼は当時流行していた「自分に似せたアイコン」を作成できるアプリで遊んでいました。漫画家・漫☆画太郎氏の画風で自分をイラスト化し、「ゆるキャラよりも、ゆるいキャラになるぞーーー」というセリフを添えたその出来栄えに、待合室で笑いをこらえるのに必死だったと彼は振り返ります。すぐにその画像をLINEのプロフィール写真に設定し、8年経った今でもそのままにしていると言います。
専門医の診断と残された違和感
ようやく名前が呼ばれ診察室に入ると、そこには30代くらいの男性医師が座っていました。石井氏の主観的な第一印象は「ちょっとスカした感じ」で、どこかの大学院からアルバイトに来ているような雰囲気でした。一通りの検査を終えた医師は、あっさりと「疲れ目でしょう、点眼薬を出しておきます」と診断しました。心当たりがないわけではなかったものの、たったそれだけの診断のために2時間以上も時間を費やしたのかと、石井氏は心の中で軽く毒づいたと言います。
検査のための目薬によって瞳孔が開いていたため、朝よりも視界がぼやけて見えづらい状態のまま、石井氏は家族と合流し、そのままショッピングモールへと出かけました。この時点では、彼の目の異変が単なる疲れ目ではないという真実に気づく由もありませんでした。この「疲れ目」という診断が、その後の彼の運命を大きく左右することになります。
結論:見過ごされた初期症状と早急な専門医の重要性
石井健介氏の体験は、目のわずかな異変を「疲れ目」や「気のせい」と自己判断し、見過ごしてしまうことの危険性を強く示唆しています。喫茶店でのメニューの文字が見えなくなるという明らかな初期症状があったにもかかわらず、本人はもちろん、当時の医師の誤診によって、早期の正確な診断と適切な治療の機会が失われました。
彼の物語は、私たち自身の目の健康に対する意識を再認識させるものです。どんなに些細に思える目の異変であっても、決して自己判断せずに、速やかに眼科専門医の診察を受けることの重要性を強調しています。早期発見と適切な医療介入は、視力喪失のような深刻な結果を避けるために極めて不可欠です。石井氏が「見えない世界」で何を見出し、どのように新たな生活を築いていったのかは、彼の著書で詳しく語られています。
参考文献
- 石井健介 著, 『見えない世界で見えてきたこと』, 光文社.