『孤独のグルメ』原作者として知られる漫画家・音楽家の久住昌之氏が、自身の連載「孤独のファイナル弁当」で、老舗浅草今半の「牛玉重」を取り上げました。人生最後に食べたい弁当を追い求めるというこの企画で、久住氏が体験した「味と心のお弁当」の真髄とは何だったのでしょうか。今回は、冷蔵庫で一晩寝かせ、翌朝温め直して食すという、一般的な弁当とは異なる状況下での評価に迫ります。
歴史を感じる包装と期待感
浅草今半の「牛玉重」は、手渡された瞬間からその風格を漂わせます。オレンジ色の包み紙は、創業明治二十八年という老舗の歴史を物語り、「味と心のお弁当」というコピーが、食べる前から期待感を高めます。久住氏は、そのデザインがあまりにも秀逸なため、収集のきっかけになる名品だと評しています。しかし、その日は夜遅かったため、氏は弁当を冷蔵庫に入れ、翌朝食することにしました。この選択が、後で思わぬ発見をもたらします。
浅草今半の歴史を感じるオレンジ色の包み紙に包まれた牛玉重
冷蔵後の姿と温め直し
翌朝、包みを開けた「牛玉重」は、半分が牛肉、半分が玉子という堂々たる見た目。中央にはおかずカップに入れられた紅生姜が埋め込まれ、表面に散らばる七つのグリーンピースはまるで星座のように美しく配置されています。肉弁当の色味が地味になりがちな中で、紅生姜を中心に据えることで、グリーンピースの緑が際立つ工夫はさすがです。今半のすき焼き弁当は冷めても美味しいと評判ですが、冷蔵庫で冷やしすぎたためか、ごはんは硬くなっていました。電子レンジ対応容器ではないため、形を崩さないよう慎重に皿に移すと、予想以上の量に驚かされます。
浅草今半 牛玉重の蓋を開けた中身:牛肉とだし玉子、紅生姜とグリーンピース
温め直して蘇る老舗の味:牛肉の深い味わい
電子レンジで温め直すことで、弁当の香りが戻り、まさに今半のすき焼き弁当の匂いが広がります。牛肉は柔らかく、大きさも十分。噛んで箸で引っ張ると、ビヨーンと伸びるほどの弾力があります。その味付けには「さすが浅草今半」と唸るほどの説得力があり、久住氏は「ははぁ」と頭を下げたくなるほどの力があると表現します。今の好みに比べるとやや甘めだというものの、それでも「ありがたく頂戴つかまつり申す」と言わしめるほどの魅力は、まさに歴史が培った力。家庭では決して出せない、この弁当でしか味わえない独特の風味があると氏は語ります。
絶妙なだし玉子と脇役たちの輝き
そして、牛肉と並ぶ主役のだし玉子もまた絶品です。柔らかさの中に時折エッジを感じる独特の食感で、これもまたほんのり甘いながらも、その美味しさには感動を覚えます。このだし玉子がいかにして作られているのか、久住氏も不思議に思ったほどです。さらに、脇役ながらもその存在感を放つ紅生姜は、一口ごとに味をリフレッシュさせ、最後まで美味しく食べ進める上で不可欠な存在。普段はあまり注目しないグリーンピースでさえ、この弁当の中で出合うと格別の美味しさがあったといいます。
冷蔵庫での保存、そして温め直しという過程を経てもなお、その深みと魅力を失わなかった浅草今半の「牛玉重」。弁当箱から出すと重量級だったこの逸品を、久住昌之氏はすんなりと完食し、大満足のうちに食を終えました。この弁当は、単なる食事を超え、老舗の歴史と職人の心が織りなす、忘れられない食体験を提供してくれることでしょう。
参考資料
- 日刊SPA!
- 久住昌之氏 連載『孤独のファイナル弁当』