今からおよそ60年前、日本が世界屈指の経済大国になりつつあった頃、腕や足が短かったり、耳がなかったりする乳児の写真が発表され、世界中に衝撃をもたらした。旧西ドイツで開発された「サリドマイド」成分を含む睡眠薬を妊婦が飲んだことによる薬害だった。日本でも薬は販売され、その被害者は見た目の特徴から差別や偏見に苦しみながら生きてきた。さらに近年、高齢化とともに体に不調をきたし、生活に困難を抱える事例が増えている。人生の理不尽さに被害者らは、あらためて社会全体に「サリドマイド薬害」と向き合ってほしいと訴え始めた。(文:医療ジャーナリスト・福原麻希/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
現代医療が受けられない
今年3月、サリドマイド被害者で千葉県在住の増山ゆかりさん(62)は、関節がない肩に大きなリュックを背負い、羽田空港で飛行機を待っていた。行き先は自身が生まれ育った北海道で、幼なじみのサリドマイド被害者の女性(62)に会うためだった。
「もう生きてなんかいたくない」
昨年春、久しぶりに北海道へ帰ったとき、幼なじみがそう話すのを聞いて、増山さんは強いショックを受けた。幼なじみは「体のあちこちが痛い。でも、医師はわからないとしか言わない」とも話した。
高齢化したサリドマイド被害者には、腰や股関節、膝に激痛が走るようになったと訴える人が多い。幼い頃から60年以上、手の代わりに足や足指を使ってきたからだ。部屋で物を取るとき、洋服を着たり脱いだりするとき、自動販売機やタッチパネルを押すとき、不自然な姿勢で体を酷使した。しかし、本来、足は地面を歩くためのもので、顔や頭の高さまで持ち上げるようにはできていない。長年の無理がたたった結果ともいえるだろう。
増山さん自身も全身の痛みに襲われ、起き上がれなくなったことがある。首から背中までの激痛、呼吸をするのもやっとの状態で、何とか病院にたどり着き医師に診てもらった。だが、「よくわからない」と言われ、治療につながらずがっかりした。
15年前に乳がんが見つかったとき、医師から「命がけの手術になるがどうしますか」と問われたこともあった。精密検査の結果、骨の数が足りず、血管が細くもろいだけでなく、本数が少なく走行も違うことがわかったからだ。サリドマイド製剤の影響だ。