7月30日、与野党の国会対策委員長会談において、長年の懸案であったガソリン税の「暫定税率」(正式には「特例税率」)を年内に廃止する方針で合意がなされました。しかし、この「暫定税率」は、その名に反して実に50年以上にわたり日本の税制に残り続け、そのたびに政治家や自動車関連団体から批判の対象となってきました。なぜこれほど長期間にわたり撤廃されずにきたのか、そして廃止は国民の生活にどのような影響をもたらすのでしょうか。税法の理論と実務に精通し、納税者の視点から情報発信を行う黒瀧泰介税理士(税理士法人グランサーズ共同代表・公認会計士)に、その複雑な背景と変遷について詳しく聞きました。
ガソリン税「暫定税率」の現状と消費者の税負担
現在、ガソリン税の税率は、本来の1リットルあたり28.7円(揮発油税24.3円、地方揮発油税4.4円)に加えて、「租税特別措置法」に基づく「暫定税率」が適用され、合計で1リットルあたり53.8円(揮発油税48.6円、地方揮発油税5.2円)となっています。この暫定税率が廃止されれば、消費者はガソリン1リットルあたり25.1円の税負担軽減を享受できることになります。これは日々の燃料費、ひいては家計の生活費に直結する大きな変化であり、高止まりするガソリン価格に悩む消費者にとって朗報と言えるでしょう。
ガソリンスタンドで給油する車の様子。高止まりする日本の燃料価格の現状を示す。
「道路特定財源」としてのガソリン税の誕生と変遷
黒瀧税理士は、ガソリン税の成り立ちにその特異性があると指摘します。ガソリン税は1953年に導入された際、その使途が道路の整備や維持管理に限定される「道路特定財源」として位置づけられました。これは「自動車重量税」などと同様の考え方で、当時、自動車が一部の富裕層向けの贅沢品であったことから、道路整備にかかる費用は国民全体ではなく、自動車所有者が負担すべきだという思想に基づいています。
その後、1974年には「道路整備計画の財源不足」を理由に「暫定税率」が導入されました。この時点ですでに自動車は一般国民にも広く普及していましたが、道路整備費用は引き続き自動車ユーザーが負担すべきという考え方が維持されていたのです。
目的の「すり替え」:なぜ暫定税率は存続したのか?
しかし、日本国内の道路整備が著しく進み、「道路特定財源」の税収が歳出を大幅に上回る状態が長らく続くようになりました。黒瀧税理士は、本来であればこの時点で「道路特定財源」としての役割は終了し、ガソリン税そのものの廃止か、少なくとも暫定税率の撤廃が行われるべきであったと述べています。
にもかかわらず、そのどちらも実現しないまま、2000年代の小泉政権以降の「構造改革」の流れの中で、暫定税率は維持されたまま、税金の使い道が限定されない「一般財源」へと組み入れられました。この際、暫定税率を維持する新たな理由として「厳しい財政事情」と「環境面への影響の配慮」が挙げられました。これは、当初の「道路整備」という目的が達成された後も税率を維持するための「すり替え」が行われたと、黒瀧税理士は指摘しています。
まとめ
ガソリン税の「暫定税率」は、半世紀以上にわたり、その時々の政治的・経済的背景によって存在意義を変えながら維持されてきました。道路整備の財源という当初の目的から、国の財政難や環境対策という名目へとその正当性を変遷させてきた歴史は、日本の税制の複雑さの一端を示しています。今回の与野党合意による暫定税率廃止の動きは、長年の懸案に対する一つの区切りとなるだけでなく、消費者の税負担軽減に繋がり、今後の日本の経済動向や国民生活にどのような影響を与えるか注目されます。