石破茂首相の「コメ増産」方針が発表され、日本の食料安全保障と米価の動向に大きな関心が集まっています。国民の間には米価下落への期待が高まる一方で、専門家からは異なる見解が示されています。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、小泉進次郎農林水産大臣の発言を根拠に「需要に応じた生産」が減反政策の維持を意味し、結果的に高価格が続くと指摘します。この複雑な状況は、今後の日本の農業政策の方向性を巡る議論を深めています。
石破首相の「コメ増産」表明と国民の期待
8月5日、石破茂総理大臣は、国内のコメ不足と価格高騰を背景に「コメ増産」へと政策転換する方針を表明しました。これに対するNHKの世論調査では、国民の76%が「賛成」と回答し、米価の安定、ひいては低下への強い期待が示されました。主要各紙もまた、首相の方針を減反政策の事実上の廃止と捉え、米価の下落を見込み、影響を受ける農家へのセーフティーネットの必要性を訴えています。しかし、この動きは、長年にわたり日本の米価を支えてきた減反政策の根幹を揺るがす可能性を秘めています。
自民党農林族の反発と小泉農水大臣の「需要に応じた生産」論
首相の増産方針に対し、自民党内、特に農林族議員からは強い反発の声が上がっています。翌6日には、自民党総合農林政策調査会の宮下一郎調査会長と農林部会の上月良祐部会長が小泉農水大臣と会談し、増産への懸念を表明しました。上月部会長は、記者団に対し「コメを作りたいだけ作ってなんとかなるということではない」と述べ、コメの過剰生産による価格下落と生産者への影響を強く危惧しました。これは、減反政策の廃止が米価の急落を招きかねないという、農林族の根強い懸念を浮き彫りにしています。これに対し、小泉農水大臣は「今までもこれからも変わらないことは需要に応じた生産だ」と強調し、需要を無視した増産は促さないという姿勢を示しました。この発言は、実質的に減反政策の継続を示唆しており、増産はあくまで需要増加分に限られるという解釈ができます。
小泉進次郎農林水産大臣がAPEC食料安全保障大臣会合で議論する様子。日本の米政策、食料需給、食料価格の安定化への取り組みが注目される。
「増産」定義の曖昧さと減反政策の維持
石破首相の「増産」という言葉には、その具体的な意味合いにおいて曖昧さが残ります。減反政策の全面廃止を指すようにも、単に需要増に応じた限定的な増産を指すようにも解釈できるため、真意を測りかねる状況です。首相が言及したコメ輸出の拡大についても、これまでは国内価格との差額を減反補助金で補填することで実現されてきました。この方式であれば、減反政策を廃止せずとも輸出量を増やすことは可能です(山下一仁『コメ高騰の深層』宝島社新書121〜124ページ参照)。小泉農水大臣自身は減反政策に対して特に強い意志を持っているわけではなく、自民党農林族の反対意見を農林水産省事務方が察知し、その意向を大臣に伝えた結果、「減反廃止ではなく、需要増に応じた増産である」との見解が示されたものと見られます。これらの状況から、現在のところ、減反政策は実質的に維持される方向であるとの見方が有力です。
結論
石破政権による「コメ増産」の方針は、国民の期待とは裏腹に、自民党農林族と農林水産省の意向により、減反政策の実質的な維持へと傾いている現状が明らかになりました。専門家の分析が示すように、需要に応じた生産という名目の下、コメの過剰供給は抑制され、結果として高米価が続く可能性が高いでしょう。日本の食料安全保障と農業の持続可能性を巡るこの複雑な議論は、今後も注視していく必要があります。私たちは引き続き、政府の動向と市場への影響について深く掘り下げて報道してまいります。
出典:
- PRESIDENT Online: 石破茂首相が「コメ増産」を表明しても、米価は下がらないと断言できるワケ (2025年8月15日)
- 山下一仁『コメ高騰の深層』(宝島社新書)