小学生が学校で過ごす時間は年間約1200時間であるのに対し、放課後の時間は実に1600時間にも及びます。この貴重な「放課後の時間」は、子どもたちの将来の「資産」ともなり得る大切な期間です。しかし、現代の多くの子どもたちは、この時間を塾や習い事だけで埋め尽くしてしまっていないでしょうか。
本書『子どもの人生が変わる放課後時間の使い方』の著者であり、民間学童保育や保育園を広く展開する専門家、島根太郎氏が、子どもたちが健やかに成長するために不可欠な「余白時間」の重要性について解説します。子どもたちの「自己肯定感」を育み、多様な能力を伸ばす上で、大人が介入しすぎない放課後の過ごし方と、習い事との適切なバランスを見つけることが現代の保護者にとって重要な課題となっています。
「余白時間」が失われた現代社会の背景
子どもたちの放課後から、自ら考え、自由に過ごせる「余白の時間」や、子どもたちだけの時間が失われた大きな要因は、少子化をはじめとする社会構造の変化にあります。それに伴い、保護者の生活スタイルや意識も大きく変化してきました。
例えば、夫婦共働きの家庭が増え、身近に頼れる祖父母や親戚がいない場合、小学校から帰宅した後の子どもたちの安全や過ごし方について保護者は大きな心配を抱きます。多くの場合、学童保育を利用しますが、学童に馴染めない場合は「鍵っ子」として自宅で過ごすことになります。しかし、毎日家でテレビを見たり、ゲームをしたり、本を読んだりするだけの時間を「無駄にしている」と感じる保護者も少なくありません。
そこで、多くの保護者は子どもの将来を案じ、能力向上を期待して、様々な習い事を促します。運動不足を補うためのスイミング、サッカー、体操、ダンス。学力向上を目的とした塾、プログラミング教室、英会話。さらに、ピアノやバイオリンといった音楽教室、習字、そろばんなど、昭和の時代から変わらず人気の習い事も健在です。
実際に、民間学童保育施設に通う小学生の中には、月曜日は塾、火曜日はスイミング、水曜日は英会話、木曜日は習字、金曜日はピアノと、週5回すべて習い事が詰まっているお子さんも珍しくありません。もちろん、一つひとつの習い事が子どもに新たな刺激を与え、成長を促す側面があることは否定できません。しかし、専門家が指摘するのは、こうした過密なスケジュールが子どもたちの「時間的な余裕のなさ」を生み出している現状への懸念です。
大人が介入しすぎない放課後時間こそが重要
子どもたちは小学校に入学すると、それまでとは異なり、集団生活の中で「他の子と同じようにできなければならない」という環境に身を置くことになります。未就学児の頃は、「一人で歩けるようになったね」「ボタンを自分で止められるなんて素晴らしいね」と、できることが増えるたびに褒められ、自信を育んできました。ところが小学生になった途端、褒められる場面が減り、周囲と同じようにできないことを指摘される機会が増えます。
「どうして宿題をしないの?」
「いつまで経っても掛け算ができないのはなぜ?」
「ランドセルの準備くらい、一人でできるでしょう?」
親は我が子の成長を期待するあまり、つい「なぜみんなと同じことができないのだろう?」という視点で考えてしまいがちです。すると、ほんの些細な躓きや、親子の関わりの中で発せられた否定的な言葉によって、自信をなくしてしまう子どもも出てきます。未就学児から小学生への移行期は、成長の個人差が大きいにもかかわらず、焦って子どもを急かしてしまうと、結果的に自己肯定感を低下させてしまうことになりかねません。自己肯定感が低いと、失敗を恐れて様々なことに消極的になる傾向があります。
ここで重要となるのが、「余白のある、余裕のある放課後の時間」です。この時間の中で、子どもたちは学校で上手くいかなくても、遊びや自由な活動を通して、自分が本当に得意なことや夢中になれるものを見つけることができます。そうした経験が、失われた自信を取り戻し、自己肯定感を育む大切な機会となるのです。
放課後時間の真の価値は、緩やかな時間の流れの中で、「僕はこんなことが得意なんだ」「私はこういうことが好きなんだ」と、子ども自身が気づき、自ら認めていくプロセスにあると言えます。保護者や大人が過度に介入しすぎない放課後の時間が、子どもたちの自己肯定感という芽をしっかりと育み、自立した成長へと導く鍵となるのです。習い事で余白が失われるという問題に対し、保護者の気持ちも、子どもの戸惑いも、どちらも理解できる一方で、親が「子どもがやりたいと言ったから」という理由であっても、本当に心から子どもが望んだことなのか、という疑問は常に残るでしょう。
小学生の女の子が自宅の床で本を読んでいる様子。放課後の自由な時間を過ごし、集中して読書に没頭している姿は、子どもに必要な「余白時間」を象徴している。
結び
子どもの成長において、学校での学びはもちろん重要ですが、それ以上に長い放課後の時間をどのように過ごすかが、その子の自己肯定感や多様な能力の育成に深く関わります。多忙な現代社会において、保護者が子どもの放課後を習い事で埋め尽くしてしまう背景には、様々な事情や子への深い愛情があります。しかし、時に子どもには「何もしない時間」「大人の介入がない自由な時間」が必要です。
この記事を通じて、小学生の放課後における「余白時間」の価値と、それが子どもの自己肯定感を育む上でいかに重要であるかをご理解いただけたことと思います。習い事を選ぶ際は、単にスキルアップだけでなく、子ども自身の興味や、心のゆとりを保てるかどうかも考慮することが大切です。お子様にとって最適な放課後の過ごし方を一緒に考え、主体性を尊重する姿勢が、健やかな成長を促す第一歩となるでしょう。
参考文献
- 島根太郎 著『子どもの人生が変わる放課後時間の使い方』講談社