ガーシー氏訴訟が浮き彫りにする「公示送達」の落とし穴と欠席裁判の現実

ガーシー氏(東谷義和氏)を巡る名誉毀損訴訟において、大阪地裁が「公示送達」を用いて欠席裁判を進め、1000万円の支払い命令を下したことは、大きな波紋を呼んでいます。しかし、大阪高裁が「SNSでの連絡を試みるべきだった」として地裁に審理のやり直しを命じたことで、この公示送達制度の運用とその課題が改めて浮き彫りになりました。本稿では、「白ブリーフ判事」として知られる元裁判官の岡口基一氏が、この問題についてその法的知見を交え、詳細な解説を寄稿します。

公示送達問題について解説する元裁判官の岡口基一氏公示送達問題について解説する元裁判官の岡口基一氏

ガーシー氏訴訟から見えてきた「公示送達」運用の課題

ガーシー氏(東谷義和氏)が被告となった名誉毀損訴訟は、現代社会における法的手続きの課題を顕著に示しました。大阪地裁は、被告の所在が不明と判断し、一般的な郵送による送達が困難であったため、法律が定める最終手段である「公示送達」を適用し、審理を進めました。その結果、被告が裁判の開始を知らないまま欠席裁判となり、1000万円という高額な支払い命令が下されました。この判決は、被告が「知らない間に敗訴する」という、日本の司法制度が抱える現実を浮き彫りにしたものです。

しかし、この地裁の判断に対し、大阪高裁は重要な見解を示しました。高裁は「SNSでの連絡を試みるべきだった」と指摘し、地裁に審理のやり直しを命じたのです。これは、デジタル化が進む現代において、従来の公示送達の運用が時代にそぐわない可能性を司法が認識し始めたことを示唆しています。裁判所が被告の連絡先として利用可能なSNSアカウントなどを確認する努力を怠ってはならない、という新たな指針が示された形です。この高裁の判断は、元裁判官である岡口基一氏によっても、その専門的な視点から詳しく分析されています。

「知らない間に敗訴」の現実:欠席裁判の恐怖と送達問題の深掘り

ある日突然、自分が被告となり、気づかないうちに裁判が進んでいて、しかも「1000万円支払え」という判決が出ていたとしたら──。これはまさしく悪夢のような話ですが、日本の民事司法制度においては、公示送達という仕組みによって現実に起こり得ます。

民事裁判は、原告が訴状を裁判所に提出し、裁判所がその訴状を被告に送達(=届ける)することで初めて正式に始まります。この送達がなされなければ、裁判手続きは進行しません。そのため、支払いを逃れたい、あるいは裁判自体を避けたいと考える債務者の中には、訴状が自分に届かないよう巧妙な手段を講じる者がいます。

訴状は原則として特別郵便で送られますが、居留守を使って受け取りを拒否したり、勤務先に送られても既に退職していれば届きません。このような被告の抵抗に対して、法律は普通郵便での送達も認めています。ポストに投函するだけで完了するため、比較的容易に送達がなされます。

しかし、さらなる対策を講じる債務者も存在します。例えば、転居して行方をくらませてしまえば、もはや通常の手段では訴状を届けることが不可能に見えます。このような「逃げ得」を許さないために、日本の法律は最終手段として公示送達を用意しています。

公示送達とは、裁判所の掲示板に訴状を一定期間(通常2週間)張り出すことで、「送達がなされたものとみなす」という制度です。この手続きが完了すると、被告が実際に訴状の内容を知らなくとも、法律上は送達が完了したと扱われ、裁判手続きが進行します。過去には、北朝鮮の金正恩総書記を被告とする訴訟でもこの公示送達が用いられた例があります。

この制度によって裁判はようやく開始できますが、一般の人は裁判所の掲示板をわざわざ見に行くことなどありません。結果として、被告は裁判が始まったことすら知らないまま、裁判に出廷できない状態に陥ります。当然、被告不在の「欠席裁判」となり、原告の主張が一方的に認められ、結果として被告は「知らない間に敗訴」してしまうという、非常に恐ろしい事態が現実のものとなるのです。今回のガーシー氏のケースは、この公示送達の持つ両義性と、現代社会におけるその運用のあり方を再考させるきっかけとなりました。


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