少子高齢化が進む現代日本において、多くの産業が後継者不足に頭を悩ませています。その中でも、地域社会の心の拠り所として親しまれてきた寺社仏閣が直面する後継者不在や檀家の減少は深刻な問題であり、廃寺を余儀なくされるケースが増加し、社会問題として顕在化しています。文化庁が2023年に行った調査によると、宗教活動を行っていないにも関わらず法人格のみが存在する「不活動宗教法人」は全国で4431法人に上り、存続が危ぶまれる寺院はさらに多いと推定されています。この状況に乗じ、寺院を本来の目的とは異なる「節税」のために買収する動きが加速しており、真言宗豊山派の天明寺住職、鈴木辨望氏は「由々しき事態だ」と強く警鐘を鳴らしています。
税制優遇の悪用と買い手の実態
寺院は、その公共性や地域コミュニティの核としての役割から、宗教法人として税制上の優遇措置を受けています。具体的には、寺院の境内地や本堂などの建物には固定資産税が課されず、また宗教法人の代表役員であれば次世代に資産を譲る際の相続税もかかりません。この特異な税制が、一部の富裕層にとって計り知れない価値を持つものとして認識され、節税対策や事実上の脱税行為に利用され始めているのです。買い手の事例としては、近年中国人による買収が話題になる一方で、日本国内の有名実業家や医師の名前が挙がることもあります。鈴木住職は、茨城県の某寺院がIT長者によって買収された事例にも言及し、この問題が広範囲に及んでいることを示唆しています。
日本人の心の拠り所である寺社仏閣が節税目的で売買される現状
闇に潜む仲介業者とブローカーの手口
買い手と売り手をつなぐ役割を果たすのが仲介業者です。インターネット検索で「宗教法人 売買」と入力すると、多数の仲介業者がヒットし、宗教法人売買市場が活況を呈している様子がうかがえます。しかし、鈴木住職によると、この取引の中心で暗躍しているのは、表面上はまともな仲介業者ではなく、物件の「仕入れ」を担当するブローカーだといいます。彼らは全国各地の寺院を調査し、後継者が見つからない、あるいは経済的に困窮している寺院を見つけ出し、巧みに売却話をもちかけます。その際、特定の宗派に属している寺院を離脱させ、「単立」という独立した法人格にすることで、宗教法人の役員交代を円滑にし、節税や脱税行為を容易にする仕組みを作り上げているのです。これらのブローカーは表舞台には決して姿を現さず、裏で取引を主導しています。
反社会的勢力の関与とその手口
宗教法人の売買には、時に反社会的勢力、いわゆる「反社」が深く関与し、極めて悪質な手口が使われるケースも存在します。彼らは寺院側、特に世間知らずな二世僧侶などの弱みにつけ込み、売却を強要するような荒っぽい手段を用いることがあります。過去には、銀座での接待や女性をあてがうといった誘惑が行われ、後にその際の写真で脅迫するといった古典的な手口が使われた事例も報告されています。反社勢力にとって、寺院のもつ税制上の優遇措置は非常に価値があり、利用価値が高いことから、僧侶に接近し、巧みに操ろうとする動きが後を絶たないのが現状です。その結果、本来の宗教活動からかけ離れた「偽装寺院」が増加する懸念が高まっています。
結論:本来の役割と「偽装寺院」がもたらす課題
寺社仏閣は長きにわたり、日本人の精神的支柱として、また地域社会の文化的な中心地として重要な役割を担ってきました。しかし、現在の「節税目的の寺社仏閣買収」という社会問題は、その聖域を経済的利益追求の対象とし、宗教法人の公共性を大きく損なうものです。後継者不足や檀家減少といった根深い問題が存在する一方で、税制優遇の悪用、仲介業者やブローカーの暗躍、さらには反社会的勢力の関与は、日本の精神文化の危機とも言える状況を生み出しています。単に掛け軸を飾るだけで「寺院」と称するような「偽装寺院」の増加は、宗教の信頼性を揺るがし、社会全体に不利益をもたらす可能性を秘めています。今後、この問題に対し、より厳格な法整備や監視体制の強化、そして寺社仏閣が本来の役割を全うできるような支援策が求められます。
参考資料
- Yahoo!ニュース: 日本人の心の拠り所、寺社仏閣が節税目的で買収されまくるという由々しき事態(週プレNEWS)
- 文化庁: 宗教法人に関する調査結果(2023年)