ウクライナ紛争終結に向けた安全保障の議論において、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領の立場が著しく狭まっている。ドナルド・トランプ米大統領は領土放棄の可能性を示唆しつつも安全保障の約束に言及していたが、関連協議が動き出すと同時にロシアは拒否の姿勢を明確にし、米国もその関与を限定しようとする動きを見せている。この複雑な国際情勢の中、ウクライナの未来は不確実性に包まれている。
ロシア、ウクライナ安全保障協議への「拒否権」行使
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は20日(現地時間)、ウクライナの安全保障に関する真剣な議論はロシア抜きでは無意味であり、集団安全保障案にも同意しないと強調した。これは、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の軍首脳部がウクライナの安全保障策を協議したことへの明確な反発と見られる。ラブロフ外相は、ロシア、中国、米国、英国、フランスといった国々が対等な立場でウクライナへの安全保障を議論する場合にのみ受け入れると主張。ウクライナ安全保障の最大の目的がロシアによる再侵攻の防止であることを踏まえると、その議論にロシア自身が参加を求める要求は、欧州やウクライナにとって到底受け入れがたいものだ。
ラブロフ外相のこの発言は、トランプ大統領が今月15日のロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのアラスカ首脳会談後に述べた、ロシアが欧州主導のウクライナ安全保障を受け入れることにしたという見解と食い違っている。フィナンシャル・タイムズ(FT)は、ラブロフ氏の発言がロシアが今後のウクライナ安全保障確立に向けたあらゆる努力に対し事実上の「拒否権」を行使するものだと評価し、米国の和平仲介の努力に冷や水を浴びせたと報じた。また、米政治メディア「ポリティコ」も、ウクライナに対するロシアの強硬姿勢は全く緩和されていないと解説している。
米国の距離置く姿勢:欧州への負担増大か
一方、ロシアを交渉の場に引き込まなければならない米国は、ウクライナの安全保障において自らの役割を極力減らそうとしている。ポリティコによると、米国のエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)は19日、欧州軍首脳部との会合で「米国はウクライナ支援に最小限の役割しか果たさない」と通告した。この会合には、ダン・ケイン米統合参謀本部議長や英国、フランス、ドイツ、フィンランドの軍首脳が出席していた。
ウクライナ・ザポリージャ州でロシア軍へ発射される2S22ボフダナ自走砲
ポリティコは、コルビー氏が会合に出席したこと自体が、欧州が米国の安保支援を確保することがより困難になることを意味していると分析。米国防政策の設計における実力者とされるコルビー次官は、かねてより欧州の安保タダ乗り論を主張し、ロシアの脅威を防ぐには欧州が役割を果たすべきだと強調してきた。同じ日、J・D・バンス副大統領もFOXニュースで「欧州が(ウクライナ安全保障の)負担の最も大きく重要な部分を担うべきだ」と述べ、この方針を裏付けている。
これらの発言は、米国がトランプ大統領が約束したウクライナ安全保障策から徐々に後退していることを示唆している。トランプ大統領は18日に「米軍をウクライナに派兵する準備がある」と発言したが、翌日には立場を変え「航空支援の提供には前向きだ」と述べるにとどまった。NATO所属のある外交官はポリティコに対し、「現場でそれ(安全保障)を実現する主体は欧州だという現実が明らかになってきている」「米国はいかなることも完全には約束していない」と語り、欧州側の懸念を表明した。
「ブダペスト覚書」の教訓:再び裏切られる懸念
ホワイトハウスが米国・ロシア・ウクライナによる三か国首脳会談をハンガリーのブダペストで開催しようとしていることも、ウクライナの不安を掻き立てる要因となっている。ブダペストはウクライナにとって苦い記憶の地だからだ。ウクライナは旧ソ連崩壊後の1994年、「ブダペスト覚書」に署名した。そこには、ソ連から引き継いだ核兵器を放棄する代わりに領土主権を保障するという約束が盛り込まれていた。米国、英国、ロシアが共同署名し、中国とフランスもその後、ウクライナの安全を保障するという別途の覚書を結んでいた。
しかし、この覚書は文字通り「紙切れ同然」だった。署名国であるロシアは2022年2月にウクライナへ侵攻し、米国など他国の支援はごく限定的であった。米シンクタンク「民主主義防衛財団(FDD)」のクリフォード・メイ研究員はラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE/RL)に対し、「ブダペスト覚書は文字通り紙切れ同然の価値しかなかった」と指摘。さらに「今回のウクライナに対する安全保障もブダペスト覚書と同じことになりかねない」と懸念を示しており、歴史が繰り返されることへの深い不安が国際社会に広がる。
結論
ロシアの頑なな拒否姿勢、そして米国のウクライナ安全保障への関与後退は、ゼレンスキー大統領が直面する課題の深刻さを浮き彫りにしている。特に、ブダペストでの三か国首脳会談の可能性が過去の「ブダペスト覚書」の失敗と重なり、ウクライナの安全保障に対する国際的な約束の信憑性に疑問符が投げかけられている。この複雑な国際政治の渦中で、ウクライナの領土保全と主権の確保に向けた道筋は、一層不透明さを増していると言えるだろう。