日本列島各地でクマによる人身被害が相次ぎ、社会問題として大きな注目を集めています。特に2023年8月には、北海道・知床半島の羅臼岳登山道で20代の男性がヒグマに襲われ死亡するという痛ましい事件が発生しました。予期せぬクマとの遭遇は誰にでも起こりうる状況です。万が一クマに突然出会ってしまった時、どのように対処すれば良いのでしょうか。猟師歴50年というベテランの経験者が語る、クマが人を襲う際の「意外な初動」と「生死を分ける行動」について詳しく解説します。
日本各地で目撃情報が増えるクマ、特にヒグマとの遭遇に警戒する登山者への注意喚起イメージ
ヒグマとの距離わずか3メートル 「ああ、やられる」と思った瞬間
北海道紋別郡西興部村の深い山中の沢沿いで、エゾシカ猟のガイドを務めていた中原慎一さんは、急所を外れて逃げた手負いのエゾシカの行方を追っていました。初冬に入り、白い息が空に舞う中で、うっすらと積もった雪を踏みしめながら300メートルほど沢沿いを上ると、近くの斜面を血を流しながら駆け抜けるエゾシカの姿が目に入りました。その直後、中原さんが目撃したのは、なんと冬眠前のヒグマがそのエゾシカを追跡している光景でした。
ヒグマは中原さんの姿に気づくと、エゾシカを追うのをやめ、ゆっくりと中原さんのほうへ歩み寄ってきました。逃げれば、獲物を追いかけるヒグマの習性を刺激するだけです。ましてや、100メートルを6秒台という猛スピードで走るヒグマから逃げ切ることは不可能です。ベテラン猟師である中原さんも、この時愛用のライフル銃を持ち合わせていませんでした。彼はその場に立ち続けましたが、ヒグマはとうとう鼻息が聞こえるほどの距離にまで迫ってきたのです。
「3メートルほどまで近づいてきて、『ああ、これはやられるな』と覚悟しました。その時、手にエゾシカを運ぶためのロープを握っていたことを思い出し、とっさにそのロープを『ビューン、ビューン』と音を立てながら回したんです。すると、驚くべきことにヒグマの足がピタッと止まりました。数秒間、その緊張した状況が続いた後、ヒグマは私から目をそらし、来た道筋を戻って去っていきました」と中原さんは当時の緊迫した状況を語ります。
猟師歴50年、ヒグマ遭遇現場で見た「奇跡の生還」
現在74歳の中原さんは、20代の頃にクマ撃ちの名人であった叔父さんに誘われ、猟銃の所持許可を取得し猟師の道に入りました。以来、その猟師歴は実に50年に及びます。生まれ育った西興部村は、総面積308.08平方キロメートルのうち森林が89%を占める自然豊かな土地です。このような大自然の中で、狩猟は昔から村民にとって身近な生活の一部であり続けてきました。
翌朝、村の猟区管理者も務める中原さんは、仲間10人の猟師と共にヒグマと遭遇した現場に戻りました。そこに残されたヒグマと自身の足跡を確認し、改めて奇跡的に命拾いできたのだと実感したといいます。長年の経験と冷静な判断が、極限状況下で彼の命を救いました。中原さんのような豊富な経験を持つ専門家のアドバイスだからこそ、クマと遭遇した際の具体的な行動指針には重みがあり、多くの人命を救う可能性を秘めているのです。
結論
日本各地でのクマによる人身被害増加は、自然と人間の共存における新たな課題を提起しています。中原さんの貴重な体験談は、一般的な「クマに遭遇したら死んだふりをする」といった対処法とは異なる、より実践的な教訓を示しています。クマの習性を理解し、パニックにならず、意外な行動でその好奇心や攻撃性をそらすことが、生死を分ける重要な鍵となる場合があるのです。山に入る際は常に周囲を警戒し、クマよけの鈴やスプレーなどの対策に加え、万一の遭遇に備えて冷静な判断力と知識を身につけることが、私たち自身の安全を守る上で不可欠です。