静岡県伊東市の田久保真紀市長を巡る学歴詐称問題が、依然として社会的な注目を集め続けています。当初は「疑惑」として報じられていたこの問題は、市長自身の証言と東洋大学の公式発表によって、卒業していないという事実が明確になりました。にもかかわらず、なぜこれほどまでに世間の耳目を集め、長期間にわたり議論が交わされているのでしょうか。神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は、この一連の騒動について、「田久保市長の『謝らない謝罪』にこそ、私たちがこのニュースに目を奪われ続ける理由があるのではないか」と指摘しています。本記事では、伊東市長の学歴詐称問題の現状を詳細に分析し、その背景にある「謝らない謝罪」というメカニズム、そしてそれが政治と社会に与える影響について深く掘り下げていきます。
もはや「疑惑」ではない学歴詐称の事実
田久保真紀伊東市長が東洋大学を卒業していないという事実は、もはや「疑惑」の段階を過ぎています。市長自身が「除籍」を認めており、東洋大学も公式に、学則に従い卒業していない者には卒業証書を交付しない旨を発表しています。
田久保市長は2025年8月13日の伊東市議会百条委員会において、「除籍である、つまり卒業していないという事実を知ったのは(2025年)6月28日」と答弁しました。この発言は、伊東市議会によって「何ひとつとして解明ならず」「真実を語っているとは思えない」と評価されるなど、多くの疑問を残しました。また、東洋大学も同年8月6日付で「本学に係る報道について」という声明を出し、「本学学則では、卒業した者に、卒業証書を交付することとしており、卒業していない者に対して卒業証書を発行することはありません」と明言しています。
伊東市役所での記者会見で続投を表明する田久保真紀市長の様子
本人と大学双方から「卒業していない」という事実が確認されている以上、この問題は「学歴詐称疑惑」ではなく、紛れもない「学歴詐称」そのものです。しかし、この事実が直ちに市長の辞職に繋がるかというと、話はそう単純ではありません。
政治における学歴詐称問題の複雑な背景
政治の世界では、過去にも学歴詐称や経歴詐称に関する多くの問題が取り沙汰されてきました。産経新聞が報じたように、これらの問題は「意外と長引きがち」な傾向があります。
例えば、かつて参議院議員を務めた新間正次氏は、学歴詐称で有罪判決を受け、その身分を失うまでに2年もの時間を要しました。他にも、起訴猶予や不起訴処分に終わるケースも少なくなく、学歴を偽っていたとしても、すぐに職を追われることは稀です。警察や検察が捜査に乗り出したとしても、逮捕や起訴にまで至ることは一般的ではありません。仮に有罪となり失職するとしても、かなりの時間がかかるのが実情です。
伊東市の広報誌に掲載された、学歴記述が訂正された市長プロフィール
伊東市議会が仮に市長の不信任案を可決した場合、ジャーナリストの小林一哉氏が「プレジデントオンライン」で推測したように、出直し選挙となる可能性が高いです。その際、兵庫県知事選のケースと同様に、「オールドメディアが田久保氏を厳しく責め立てるほど、SNSを通じたボランティアが集まる構図が伊東市長選でも繰り返されるだろう」と指摘されており、学歴詐称が事実と確定したにもかかわらず、田久保市長が深刻な痛痒を感じているようには見えない背景には、こうした政治的な計算が存在するのかもしれません。この状況は、単に「居直っている」と片付けるには、あまりにも複雑な政治力学が働いていると言えるでしょう。
なぜ世間の耳目を奪い続けるのか?「コント」化する騒動
この伊東市長の学歴詐称問題が、単なる学歴詐称にとどまらず、これほどまでに世間の注目を集め続けるのはなぜでしょうか。問題の本質が「学歴」そのものではなくなりつつある中で、その理由を深く探る必要があります。
一つには、騒動が提供する「ネタ」の豊富さが挙げられます。例えば、市長が卒業証書を「19.2秒だけチラ見せ」したというエピソードは、まるでコントのような面白さがあり、実際にコントの題材にもなっています。また、百条委員会での伊東市議会議員の発言「東洋大学は悪の組織と言っていいくらい」に対し、市長が市議会に東洋大学への謝罪を求めた件は、常軌を逸したやり取りとしてメディアを賑わせました。議長が実際に謝罪文を送付することになった経緯も、まるで「ネタの供給源」と化しているかのようです。
メディアにとって、通常ニュースが少なくなる「夏枯れ」と呼ばれる8月に、この騒動が絶え間なく話題を提供し続けていることも、報道が過熱する一因であることは間違いありません。しかし、これらは全て、この問題がなぜこれほどまでに私たちの耳目を奪い続けるのかという根本的な問いに対する表層的な説明に過ぎません。騒動の核心には、より深い理由が潜んでいると考えられます。
「謝らない謝罪」が問いかけるもの
伊東市長の学歴詐称騒動がこれほどまでに世間の関心を引き続ける根本的な理由は、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授が指摘する「謝らない謝罪」にあると考えられます。一般的な社会通念において、不祥事や誤りが発覚した際には、真摯な謝罪と責任の明確化が求められます。しかし、田久保市長の一連の対応からは、そうした姿勢が見られにくいと多くの人が感じているのではないでしょうか。
市長自身が学歴詐称の事実を認めたにもかかわらず、その後の釈明や対応が不透明であったり、責任転嫁とも取れる発言があったりすることは、有権者の不信感を募らせる要因となっています。真実を知った時期に関する証言の二転三転や、東洋大学に対する市議会の「悪の組織」発言への謝罪要求などは、事態の収拾を図るどころか、むしろ混乱を深め、騒動を「コント」化させていると捉えられかねません。
このような「謝らない謝罪」の姿勢は、政治家としての信頼性や倫理観を根本から問い直すものであり、有権者が期待する説明責任を果たすことの重要性を浮き彫りにしています。人々がこのニュースに目を奪われ続けるのは、単なるゴシップ的な興味だけでなく、公職に就く者の姿勢として何が正しいのか、そして社会が政治家に何を求めるのかという、より根源的な問いを投げかけられているからなのかもしれません。この騒動は、日本の政治における説明責任と信頼のあり方を改めて考えさせる契機となっています。
参考文献
- テレしずニュース. 「百条委に田久保市長が出頭も何ひとつとして解明ならず 除籍を知ったのは6月28日の一点張り 証言を拒否する場面も散見 事実上の“ゼロ回答”『真実を語っているとは思えない』」. 2025年8月13日配信.
- 東洋大学. 「本学に係る報道について」. 2025年8月6日発表.
- 産経新聞. 「ペパーダイン大、サッチー…政治における学歴詐称疑惑 虚偽事項公表なら公選法違反罪も」. 2025年7月2日配信.
- 小林一哉. 「学歴詐称疑惑の伊東市長は『第二の斎藤元彦』になる…出直し市長選で田久保氏の『返り咲き』が否定できないワケ」. プレジデントオンライン, 2025年7月15日配信.
- 鈴木洋仁. 「なぜ人口6万人の伊東市長の『学歴詐称』が“祭り”になっているのか…東洋大学関係者だから気付いた根本原因」. プレジデントオンライン, 2025年7月11日配信.
- スケッチブック. 「19.2秒だけ卒業証書を見せる市長【コント】」. 2025年8月17日配信.