他者からの親切心や愛情を感じるほど、人間関係を拒絶してしまう人々がいます。精神科医の高橋和巳氏によれば、「愛着障害」を抱える人々の中でも、特に重度の「レベル3」と呼ばれる段階の人々は、愛情や親切心を拒否する傾向にあるといいます。彼らは幼児期の虐待経験から、愛情を期待することへの恐れや、過剰に愛想よく振る舞うことに繋がることが指摘されています。
重度の愛着障害「レベル3」を理解する重要性
愛着障害を深く理解する上で、被虐待者の愛着障害〈レベル3〉を知ることは極めて重要です。これには二つの理由があります。第一に、これは最も重症な愛着障害の形態であるため、その障害の内容や苦しみが最も典型的な形で現れるからです。第二に、そこで見られる愛着障害の要素は、より軽症の愛着障害である〈レベル2〉や〈レベル1〉に含まれる全ての要素を網羅しているためです。
例えば、被虐待者の愛着障害〈レベル3〉でAという要素が100%の強度で現れているとすれば、軽度の愛着障害〈レベル1〉では10%の強度で表現されているようなものです。100%で表現されている障害の内容を把握していれば、10%の小さな兆候にも気づくことができますが、知らなければ見逃してしまうでしょう。重い愛着障害を理解することで、それがどのようなものか、なぜそうなったのか、そしてどのような苦痛を伴うのかが明確になります。この理解なしには、愛着障害全体の様相を見誤る可能性があります。これらの理由から、愛着障害〈レベル3〉を理解することは、理論的にも実践的な理解を進める上でも不可欠なのです。
深い思索にふける人物の横顔。愛着障害による心の葛藤を表現しているイメージ。
親切心が拒絶に変わる瞬間:愛着障害者の対人関係
多くの読者にとって、児童虐待はニュースでたまに見聞きする、遠い世界の出来事かもしれません。しかし、実は身近に被虐待者(大人になった被虐待児)がいたとしても、彼らが抱える心の傷は周囲からは見えにくいものです。彼らは一見、ごく普通の対人関係を築き、社会に適応しているように見えます。彼らの心の中にある「安心の大きさ」は、他人からは見えないだけでなく、彼ら自身も自分の安心がいかに小さいかを知りません。それは、生まれつきその程度の安心しか知らないからです。
しかし、精神科の診療やカウンセリングを通じて彼らの心の状態を詳しく聞くと、他の大部分の人々とは全く異なる生き方をしていることが明らかになります。一例として、彼らは他者の親切に非常に敏感です。親切にされると感動を覚えます。しかし、その親切にしてくれた人から距離を置こうとし、自ら関係を断ち切ってしまう傾向があります。これは、次にさらなる親切を期待する気持ちが湧いてしまうことを恐れるためです。「自分は愛される価値のない人間だ」と、愛着欲求をあえて否認して生きている彼らにとって、期待する気持ちが芽生えることは非常に苦しいことなのです。
「幸せが怖い」という心理:離婚を繰り返す女性の事例
二度結婚し、二度とも間もなく離婚に至った愛着障害〈レベル3〉の女性の治療を担当したことがあります。結婚相手は、人柄、収入、社会的な地位のどれをとっても申し分のない方々だったと思います。世間一般から見れば、幸せな結婚であるはずでした。数回のカウンセリングを経て、彼女は離婚の理由について語ってくれました。
「今なら分かります。幸せになるのが怖かったからだと思います」
彼女はそう述べ、「こんな良い人と一緒にいる権利は自分にはない、こんな自分では申し訳ない、相手はもっと良い人と結婚すべきだと思いました」と心情を吐露したのです。普通の家庭で育った人々には、理解し難い生き方かもしれません。幸せになることを恐れる、そのような生き方の根底にある愛着の否認、その心理的メカニズムについて、さらに深く解明していく必要があります。
児童虐待の深層:「心理的虐待」と「心理的ネグレクト」
このような心理状態を理解するためには、児童虐待(子ども虐待)がどのようなものであるかを説明し、その中でも特に子どもの愛着形成を阻害する「心理的虐待」と「心理的ネグレクト」について解説することが不可欠です。児童虐待の防止等に関する法律(2000年制定、2004年/2007年/2019年改正)に規定された虐待の形式は以下の四つです。
- 身体的虐待: 子どもを叩く、殴る、蹴るなど。
- 性的虐待: 子どもを性的な対象とすること。
- ネグレクト: 子どもに食事を与えない、病気になっても病院に連れて行かないなど、保護の怠慢や拒否。
- 心理的虐待: 子どもを罵る、脅す、否定するなど。
これらの行為は、同法第一条により、「その心身の成長及び人格の形成に重大な影響を与える」ものとされています。特に心理的虐待とネグレクトは、目に見える傷がなくても、子どもの愛着形成に深刻な影響を及ぼし、大人になってからの人間関係や幸福感に大きな影を落とすことがあるのです。
結論
愛着障害〈レベル3〉は、幼少期の虐待経験に深く根ざし、他者からの愛情や親切心を拒否するという複雑な心理的メカニズムを持つことが明らかになりました。被虐待者は「自分には愛される価値がない」という信念から、幸せになることを恐れ、期待を避けるために人間関係を自ら断ち切ってしまう傾向があります。この重度の愛着障害を理解することは、その典型的な苦しみを把握するだけでなく、より軽度の愛着障害を認識するためにも不可欠です。心理的虐待や心理的ネグレクトを含む児童虐待の多様な側面を深く考察することで、愛着の否認という心のメカニズムが形成される過程と、それが人生に与える影響をより明確に理解できるでしょう。
参考文献:
高橋和巳『大人の愛着障害』(ちくま新書)