災害発生時、自宅で安全に過ごせる「在宅避難」は、都市生活における重要な課題です。この課題に対応するため、東京都が推進する「東京とどまるマンション」制度をご存じでしょうか。この制度は、防災設備を備えたマンションに対し、東京都が費用の一部を補助するものです。かつて「LCP住宅」として知られたこの制度は、2022年までの11年間でわずか6件の登録に留まっていました。しかし、ある転機を境に、近年その登録件数が急速に増加しています。その背景には、どのような「カラクリ」が隠されているのでしょうか。都内マンション市場を長年分析するマンションブロガー「マン点」氏のレポートに基づき、その実態と制度の変遷を深掘りします。
東日本大震災の教訓と各地の「防災対応マンション」支援制度
2011年の東日本大震災は、日本の防災意識を大きく変えるきっかけとなりました。この未曾有の災害を教訓に、多くの自治体が居住継続を支援するための「防災対応マンション」支援制度を立ち上げました。
首都圏では、東京都の「LCP住宅」(後に「東京とどまるマンション」へ改称)をはじめ、中央区の「防災対策優良マンション」、墨田区の「すみだ良質な集合住宅」、荒川区の「災害時地域貢献建築物」、横浜市の「よこはま防災力向上マンション」、川口市の「防災体制認定マンション」など、多様な取り組みが見られます。さらに、関西圏では大阪府・大阪市の「防災力強化マンション」、岡山市の「防災力向上マンション」、東北地方では仙台市の「杜の都防災力向上マンション」といった類似制度が存在します。
しかし、残念ながら東京都の制度を除き、これらの多くは期待通りの機能を発揮しているとは言い難い状況です。例えば、横浜市・大阪市・仙台市の累計登録件数は60件に届かず、大阪府に至ってはわずか8件に留まっています。このような状況下で、東京都の制度が突出して件数を伸ばしているのは、特筆すべき点と言えるでしょう。
東日本大震災の教訓から生まれた防災対応マンション支援制度のイメージ
転換点となった「LCP住宅」から「東京とどまるマンション」への改称と補助金
東京都が震災翌年の2012年4月に開始した「LCP住宅」制度は、「Life Continuity Performance(居住継続性能)」の略称が示す通り、災害時でも最低限の生活インフラ(水、エレベーター)を確保し、防災マニュアルを運用することを目的としていました。都民の安心と自助努力を支えるための仕組みとして創設されたものの、当初は非常用発電機の設置や廃熱利用の努力義務、15年以上の機器委託期間など、マンション側に高いハードルを課していました。これらの「高すぎる壁」は後に緩和されましたが、登録件数は伸び悩みました。
2020年には要件が拡充され、防災マニュアルの義務化が導入されましたが、それでも制度開始から11年間で登録件数はわずか6件と、その存在感は薄れていました。「LCP住宅」という分かりにくい名称も普及を妨げる一因だったかもしれません。
しかし、2023年1月に大きな転機が訪れます。東京都は「LCP住宅」制度を「東京とどまるマンション」と、より直感的で親しみやすい名称に改称。さらに、防災用の備蓄資材や非常用電源、浸水対策設備の導入にかかる費用の一部を補助する制度を導入しました。この「補助金」という明確なインセンティブが加わったことで、登録件数は一気に跳ね上がり、制度は急速な普及期に入ったのです。
東京とどまるマンションの登録件数が過去3年間で急増していることを示すグラフ
補助金がもたらした効果と今後の展望
「東京とどまるマンション」制度の劇的な登録件数増加は、東京都が補助金を導入し、名称を分かりやすく変更したことが直接的な要因です。これにより、これまで費用面で躊躇していたマンション管理組合が、防災対策への投資に前向きになり、在宅避難の体制を強化する動きが加速しました。
東日本大震災の教訓を活かし、都民の安心・安全を確保するという制度の本来の目的は、この改革によってようやく具現化し始めたと言えるでしょう。しかし、その急速な普及の裏に、どのような具体的な「カラクリ」や、補助金以外の要因が作用しているのかについては、今後も詳細な検証と情報公開が求められます。
災害はいつ、どこで発生するか予測できません。自宅での在宅避難を可能にする「東京とどまるマンション」のような取り組みは、都市のレジリエンス(回復力)を高める上で不可欠です。制度のさらなる透明性と公平性を確保しつつ、全国の自治体が効果的な防災支援策を学び、展開していくことが期待されます。
参考文献: