朝ドラ「ばけばけ」が描く真髄:歴史への敬意と心温まる人間ドラマの融合

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の放送開始からおよそ一ヶ月が経過し、その人気は日増しに高まっています。実力派俳優陣による説得力のある演技、悲しみを巧みに笑いで包み込む脚本、そして物語全体から感じられるあざとさのない誠実さが、視聴者から高い評価を得ています。特に、現代の歴史ドラマが直面する課題を乗り越え、歴史への深い敬意を示す姿勢は、本作品を際立たせる大きな要因となっています。

歴史の真髄を受け継ぐ「ばけばけ」の物語

近年、実在の人物をモデルとした歴史ドラマの中には、視聴者の関心を引くために歴史的事実を強引に改変し、批判の的となる作品も散見されます。しかし、「ばけばけ」は、そうした安易な道を選ばず、史実のエッセンスを丁寧に踏襲しながらも、魅力的な物語を紡ぎ出すことに成功しています。ヒロインの松野トキ(高石あかり)は、作家・小泉八雲の妻であった小泉セツをモデルとし、トキが後に再婚するアイルランド人のレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)は、小泉八雲をモデルとしています。

朝ドラ「ばけばけ」ヒロイン松野トキを演じる高石あかり。歴史と物語が交差する期待感朝ドラ「ばけばけ」ヒロイン松野トキを演じる高石あかり。歴史と物語が交差する期待感

小泉セツと八雲の関係性と同様に、トキとヘブンの物語もまた、数々の歴史的な共通点を内包しています。トキもセツも武家出身の養女であり、幼い頃から養家の借金に苦労し、さらには婿が家を出てしまうという経験も同じです。これらの困難な状況を背景としながらも、ドラマはただ史実をなぞるだけでなく、そこに現代の視聴者にも響く普遍的な人間ドラマとしての「味付け」を加えることで、強烈な引力を生み出しています。歴史を正しく引き継ぎながら、創意工夫を凝らした物語展開が、「ばけばけ」の大きな魅力と言えるでしょう。

悲劇と笑いの絶妙なバランス:ふじきみつ彦氏の脚本術

「ばけばけ」の物語をさらに深めているのは、脚本家ふじきみつ彦氏による、悲劇を笑いで包み込む独自の脚本術です。例えば、明治19年(1886年)が舞台となった第17回では、松野家の借金に嫌気がさして家を出た婿の銀二郎(寛一郞)を連れ戻すため、トキが東京・本郷を訪れる場面が描かれました。散々歩き回った末に銀二郎が身を寄せている下宿に辿り着いたトキは、戸口でしおらしく「突然すみません。来てしまいまして。ご迷惑と思いますが、お会いできませんでしょうか」と声をかけます。

しかし、戸は開かず返事もありません。諦めないトキは再度声を上げますが、それでも無反応。すると、トキは一転して「お返事だけでもいただけませんでしょうかね!」と逆ギレします。このトキのあまりのしつこさに、ようやく戸が開きますが、中から現れたのは銀二郎ではなく、初対面の錦織友一(吉沢亮)でした。トキは驚きながらもそのまま部屋に入り込み、瞬く間に寝てしまいます。友一が「おい、寝るな!」と声を強めても、トキはいびきをかいて眠り続けるという、およそ4分間にわたるコントのようなやり取りが繰り広げられました。

愛する人との別離という悲劇的な状況を、このようなユーモラスな描写で包み込むのが、ふじき氏の真骨頂です。早稲田大学在学中に吉本総合芸能学院(NSC)でお笑いを学び、卒業後は大物劇作家・別役実氏に脚本を師事した経歴を持つふじき氏の作風は、「おもしろうてやがて悲しき」という松尾芭蕉の句の一節を想起させます。テレビ東京の「バイプレイヤーズ」(2017〜21年)やNHKの「一橋桐子の犯罪日記」(2022年)といった過去作品でも見られたこの独自のスタイルが、「ばけばけ」に深みと温かさを与えています。

結論

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」は、実力派の演技、丁寧に歴史を尊重した物語、そして悲劇と笑いを巧みに融合させるふじきみつ彦氏の卓越した脚本によって、視聴者の心を掴んでいます。単なる歴史ドラマに留まらず、人間が直面する困難を乗り越える強さや、その中に見出すささやかな幸福を温かく描くことで、多くの共感を呼んでいるのです。歴史の重みを軽んじることなく、それでいて古臭さを感じさせない現代的なアプローチは、「ばけばけ」を日本のドラマ史に残る一作として、今後も多くの人々に語り継がれることでしょう。

参考文献

Source: Yahoo!ニュース