カスハラの主流はなぜ変化したのか? 現役世代の暴走と企業の防御策最前線

近年、社会問題としてその深刻さを増すカスタマーハラスメント(カスハラ)。かつては定年退職後の高齢層に多かったとされる悪質なクレーマーが、現在では40代から50代の現役世代へとシフトしていると指摘されています。この現象の背景には何があり、企業や公的機関はどのように対応しようとしているのでしょうか。クレーム対応研修講師の津田卓也氏の分析を基に、その実態と最新の対策、そして法制化の動きについて深く掘り下げていきます。

「教育的指導型クレーマー」の変貌:定年世代から現役世代へ

日本社会におけるサービスの質は世界的に見ても高く、企業が提供するほぼ完璧なサービスが顧客からの絶大な信頼を築いています。しかし、その高水準ゆえに、些細なミスがクレームへと発展するケースも少なくありません。特に悪質なものとして、「教育的指導型クレーマー」の存在が挙げられます。彼らは特定の企業に対し、「もっと勉強しろ!」「サービスが悪くなったのではないか!」などと長時間にわたり説教を続けるタイプです。

これまで、この「教育的指導型クレーマー」の主流は、元大企業の役員や大学教授、あるいは廃業した医師など、社会的地位の高い60歳以上の定年退職後の男性でした。彼らのクレーム内容は、時に上から目線であっても、比較的論理的な側面を持つことが多かったとされます。しかし、近年のクレーム対応現場からは、この層が40代から50代の現役世代の男性へと移行しているという驚くべき報告が寄せられています。

現役世代のカスハラ増加を象徴する、苛立ちを表現するビジネスパーソンのイメージ現役世代のカスハラ増加を象徴する、苛立ちを表現するビジネスパーソンのイメージ

現役世代がカスハラに走る背景:社内ストレスのはけ口

社内で管理職の立場にあることが多い現役世代の男性が、なぜ社外で怒りを爆発させる「カスハラ」行為に及ぶのでしょうか。その背景には、現代企業における社内パワーバランスの変化が深く関係しています。

今日の企業では、「ハラスメント研修」が徹底され、部下や若手社員からのハラスメント訴訟リスクが高まっています。これにより、社内で自分の要求を強引に通したり、感情を露わにして怒りを爆発させたりすることは、自身の立場を危うくしかねません。結果として、彼らは社内で抑圧された鬱憤やストレスの矛先を、抵抗しにくい社外の接客従事者に向けているのです。店舗や役所の窓口は、彼らにとって社内で抱え込んだ感情を「安全に吐き出せるはけ口」と化してしまっている現状があります。定年後の高齢層のクレーマーが論理的な主張をすることが多かったのに対し、現役世代のクレーマーは、より理不尽で感情的な要求を突きつける傾向にあり、クレームの内容自体にも顕著な変化が見られます。

企業が導入する画期的なカスハラ対策とその理由

悪質なクレームやカスハラの内容が変化する一方で、クレーム対応の現場も大きく変わりつつあります。例えば、市役所での「偽名の名札」の採用や、電話対応におけるカスハラ電話の一方的な「ガチャ切り」(強制終了)など、以前では考えられなかったような画期的な対策が講じられています。組織的な防御策がここ数年で急速に加速している背景には、主に二つの要因があります。

深刻な人手不足が促す従業員保護

一つ目の要因は、サービス業や公的機関における深刻な人手不足です。カスハラ対応によるストレスが原因で離職する従業員が激増し、慢性的な人材不足が常態化しました。企業は、既存の従業員を守らなければサービスの維持自体が不可能になるという危機に直面しています。もはや「お客様は神様」という従来の考え方を踏襲し、従業員の心身を犠牲にする余裕は、どの企業にも残されていません。従業員の安全を最優先するためのカスハラ対策は、サービス継続のための不可欠なリスクマネジメントとして、経営判断上、極めて重要視されるようになりました。

カスハラ対策の法制化が加速する背景

二つ目の要因は、2026年中に施行が予定されているカスハラ対策の法制化、具体的には改正労働施策総合推進法の動きです。政府は、事業者に対しカスハラ対策の義務を課す法整備を進めており、これにより企業は、単なる道義的な責任としてではなく、法的義務として従業員の安全確保に積極的に乗り出さざるを得なくなります。この法制化は、今後のカスハラ対策をさらに加速させる決定打となるでしょう。

結論

カスタマーハラスメントの主流が、定年世代から現役世代へと変化している現状は、現代社会が抱えるストレス構造の変化を浮き彫りにしています。企業は、この新たな脅威に対し、従業員保護を最優先する姿勢を明確にし、従来にない画期的な対策を導入しています。さらに、カスハラ対策の法制化がこれらの動きを後押しし、社会全体でカスハラ問題に立ち向かう基盤が整いつつあります。この変化は、サービス従事者の労働環境改善に貢献すると同時に、顧客と企業の健全な関係構築に向けた重要な一歩となるでしょう。

参考資料

  • Yahoo!ニュース (2025年10月30日): 「悪質なクレーマーが「リタイヤ高齢者」から「現役世代」にシフトしたワケ」
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