路線バスの大規模な廃線、参院選で争点化された「外国人問題」、そして各地で猛威をふるうクマによる人的被害。これら一見異なる社会問題の根底には、深刻化する「人口減少」と「地方の過疎化」という共通のキーワードが存在します。国や国土交通省は地方都市の活性化策として、居住地や都市機能を特定の地域に集約させる「コンパクトシティ構想」を掲げていますが、長年「限界ニュータウン」について精力的に取材を続けてきたライターの吉川祐介氏は、この施策を「都市計画によって集住を進める実現不可能な夢物語」だと指摘しています。本レポートでは、高度経済成長期から続く無計画な都市開発が、現在の日本社会にどのような現実を突きつけているのか、その深層に迫ります。
空き地が目立つ「虫食い状態」の限界ニュータウン。人口減少による地方の過疎化問題を示す典型例。
乱開発された「投機型分譲地」が抱える深い問題
静岡県南伊豆町の事例から見るインフラの重荷
近年、地方自治体における生活インフラの維持費用が、財政を圧迫する深刻な問題となっています。その一例が、先日朝日新聞(オンライン版、2025年10月23日付)で報じられた静岡県南伊豆町の事例です。同町では、漁業集落排水から戸別の合併処理浄化槽への切り替え事業が進められています。これは、人口減少と税収減が続く地方において、集落単位の下水道設備が維持コストの面で非効率なお荷物と化した結果、より低コストで運用可能な個別浄化槽への移行が選択されたものです。この事例は、全国各地の小規模自治体が直面する「インフラ維持費用」という喫緊の課題を浮き彫りにしています。
人口増加期に設計されたインフラの維持困難
道路、上下水道、公共交通といった生活インフラに加え、図書館や小中学校などの教育施設に至るまで、日本各地のインフラは、人口増加期を前提に整備されてきました。都市部から遠く離れた山村における「過疎」は、高度成長期から続く懸案事項でしたが、「人口減少時代」に突入した今、ベッドタウンとして開発された都市郊外部も同様の事態に直面しています。かつての繁栄を見込んだ大規模なインフラが、利用者の減少と老朽化により、地方自治体の財政を著しく圧迫し、持続可能性が問われているのです。
自治体の手には負えない都市構造の問題
インフラ設備の将来的な方向性は、自治体の判断によってある程度定められますが、過剰なインフラを生み出す主因となった都市構造そのものについては、昔も今も民間任せの側面が強く、地元行政の思惑が及びにくいのが現状です。一定の財政基盤を持つ主要都市では官民協働の再開発事業が行われることもありますが、インフラ維持にすら悩む多くの小規模自治体には、街の構造を一変させるほどの再開発を行う資力はほとんどありません。この民間主導で形成された都市構造こそが、現在の地方の課題をより複雑にしている要因の一つと言えるでしょう。
「限界ニュータウン」としての投機型分譲地の実態
筆者である吉川祐介氏は、主に千葉県郊外の住宅分譲地、特に一般的なベッドタウンとは異なり、高度成長期以降に民間企業によって無計画に乱開発された「投機型分譲地」(通称「限界ニュータウン」)を取材テーマとしています。これらは名目上は「住宅分譲地」や「ベッドタウン」として開発・分譲されましたが、その実態は投資商品の一種でした。当時の土地ブームの中、多くの所有者は自ら居住する意思を持たず、ただ地価の上昇を見込んで、株や預金と同じ感覚で購入していたのです。
約50年前に掲載された千葉県香取市山倉の分譲地広告。住宅が建つことなく放置され、投機型分譲地の問題を象徴する。
半世紀を経て深刻化する空き地問題と相続の悩み
土地ブームの時代からおよそ半世紀が経過した現在、実際に住宅が建つこともなく、不在地主によって漫然と放置され続けてきたこれらの投機型分譲地は、深刻な社会問題となっています。あまりに交通不便な立地のため、新築用地としての需要は皆無に等しく、今では坪数千円で売れれば御の字というレベルまで価格が暴落しています。処分もままならず、不本意に相続して悩みの種となっている人も少なくありません。総区画数の半数以上が空き地のままという住宅地はざらで、ひどいところでは9割以上が空き地の「住宅団地」も存在し、まさに「虫食い状態」と化しています。
結び
「限界ニュータウン」が象徴する問題は、単なる地方の不動産問題に留まらず、人口減少と過疎化が引き起こす社会インフラの維持困難、自治体の財政圧迫、そして世代を超えて続く相続の悩みなど、多岐にわたる課題の複合体です。政府が推進する「コンパクトシティ構想」は一見合理的な解決策に見えますが、吉川祐介氏の指摘するように、無計画な開発によって形成された広大な「投機型分譲地」の現実を前にしては、単なる「夢物語」に過ぎないかもしれません。
真に持続可能な地域社会を築くためには、過去の負の遺産である「限界ニュータウン」の実態に深く向き合い、理想論だけでなく、交通不便な場所にある空き地の活用や管理、所有者不明地の問題解決、そして都市計画のあり方を根本から見直すといった、より現実的で長期的な対策が喫緊に求められています。
参考文献:
- 朝日新聞デジタル (2025年10月23日). 静岡県南伊豆町における下水道処理施設の切替事業に関する記事.
 - Yahoo!ニュース (元記事: デイリー新潮) (2025年11月4日). 空き地が多く「虫食い状態」になっている“限界ニュータウン”.
https://news.yahoo.co.jp/articles/9f0a9459580a1cb1179c402c5a9b03b1d4c18d6d - デイリー新潮 (2025年11月4日). 結局1戸の住居も建つことなく放置され… 約50年前に新聞掲載された現在の千葉県・香取市山倉にある分譲地の広告.
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/11040603/?photo=2 
					




