首都圏で過熱する中学受験ブームは、文京区、中央区、港区などの都心部において、クラスの約7割が私立中学を受験するほどに広がっています。この「受験熱」の裏側で、近年、児童福祉の世界で注目されているのが「教育虐待」という概念です。本稿の著者である石井光太が原作を手がける漫画『教育虐待 ―子供を壊す「教育熱心」な親たち』には、日々多くの被害者からのコメントが寄せられ、X(旧Twitter)での関連投稿は3,076万インプレッションに達するなど、社会的な関心の高さが伺えます。
多くの保護者から「何をどこまでが教育虐待なのか」という問いが聞かれますが、教育虐待の多くは、虐待の四区分(身体的虐待、育児放棄、性的虐待、心理的虐待)のうち「心理的虐待」に該当します。親が発する言葉が、子供の心を深く傷つける行為を指すのです。実際に、秋から冬にかけての「追い込み期」には、心の病を抱え受験戦線から離脱する子供たちが後を絶たず、都内には「受験うつ治療」を掲げる精神科も登場しているほどです。この状況の背景には、教育虐待が深く関わっています。漫画の取材で出会った医師は、親子で受診するケースが多い中で、子供と一対一で話すと、親の厳しい声がけが子供にとってトラウマになっていることが分かると語ります。小学4年生から受験勉強を始める子供たちは、数年間にわたり親から厳しく言われ続けることで病んでしまったり、不安や緊張感、劣等感でいっぱいの時に親からの辛辣な言葉が引き金となって心を病んでしまうケースが多いのです。親は子供を奮起させようと発する言葉が、子供の心には鋭い矢のように突き刺さることが少なくありません。
子供の心を傷つける「三つの言葉」:比較、親の努力アピール、退路を断つ
本作の取材を通して、医師やフリースクールの職員らは、子供の心を傷つける親の言葉を大きく三つのカテゴリーに分類できると指摘しています。
1. 他者と比較する言葉の暴力
「〇〇ちゃんを見習って同じくらいやってみたら?」「なんでお兄ちゃんやお姉ちゃんにできて、あなたにできないの?」といった、子供を他の誰かと比較する言葉は、子供にとって大きなプレッシャーとなります。追い込み期にある子供は、すでに必死に勉強しており、ライバルの存在も嫌というほど意識しているものです。親としては、他の子供と比べて足りない点があると感じ、それを材料に奮起を促しているつもりかもしれませんが、子供にとってはすでに限界に達している状況です。そのような時に、親から「努力が足りない」「能力が低い」といった趣旨の言葉をかけられれば、子供の中で何かが途切れてしまうのは避けられないでしょう。人の成長の時期やスピードはそれぞれ異なります。他者と比較するのではなく、「これ、解けるようになってるじゃない!すごいね」など、子供自身の成長を軸にした肯定的な声かけを心がけるべきです。
本稿の著者・石井光太が原作を務める漫画『教育虐待』第1話より
2. 親の犠牲を強調する言葉
「家族全員が、あなたの受験のためにたくさんの我慢をしているのよ」「塾代がいくらかかっているのかわかっているのか」など、親自身の努力や犠牲を強調する言葉も、子供を精神的に追い詰めます。都内の中学受験では、年間の塾代だけで優に100万円を超え、家族全員が数年間にわたって子供の勉強に伴走しなければならない現実があります。親がその大変さを子供に伝えたくなる気持ちは理解できますが、中には自分の意志ではなく、親に「受験した方が得」「後が楽」「環境が良い」と勧められて受験している子供もいます。そのような子供たちにとって、いきなり「我慢している」「金がかかる」と言われることは不本意であり、余計な罪悪感を膨らませたり、親への反感を抱いたりする原因となります。
3. 退路を断ち、追い詰める言葉
「今のままじゃ絶対に無理だよ」「これまでの努力が水の泡になっちゃうよ」といった、子供の退路を断つような言葉も危険です。追い込み期になれば、模試の判定はかなり正確になり、子供たち自身も現在の状況を十分に理解しています。しかし、だからこそ厳しい現実から目を背け、必死に努力を続けようとしている面もあるのです。そんな時に、親からその厳しい現実を明確な言葉で突きつけられたらどうでしょうか。時期によっては、あえて言語化するのを避けた方が良いこともあります。親は厳しい現実を突きつけることで子供に発破をかけるのではなく、「今だからこういうやり方もあるんじゃない?」「最後まで努力することに絶対に意味があるから」など、別の方法や前向きな意味を示してあげるべきでしょう。
中学受験の競争が激化する中で、「教育虐待」は子供たちの心に深い傷を残す心理的虐待です。親の意図と子供の受け取り方には大きなギャップがあることを理解し、受験期の子供への声かけには細心の注意と配慮が求められます。子供の自己肯定感を育み、健全な成長を支えるために、親にできることは、プレッシャーを与える言葉ではなく、寄り添い、励ます言葉を選ぶことです。





