介護殺人に「異例の猶予判決」──102歳母殺害、71歳被告の孤独な介護と裁判の衝撃

人を殺めても、刑務所に収監されない──。このような衝撃的な判決が11月17日、東京地裁立川支部で下され、大きな波紋を呼んでいます。昨年7月、無職の小峰陽子被告(71)は国立市の自宅で、当時102歳だった母親の首をビニールひもで絞めて殺害しました。殺人罪で起訴され、裁判員裁判が開かれていたこの事件で、判決は「懲役3年、保護観察付き執行猶予5年」という異例の内容でした。事実上、小峰被告は刑務所に入ることなく、日常に戻れることになります。この判決は、長年にわたる孤独な介護の過酷さと、現代社会が抱える高齢者介護の深刻な問題を浮き彫りにしています。

12年間の壮絶な介護、そして事件へ

裁判長は、今回の異例の判決について「介護疲れによる事案で同情の余地が大きい」と説明しました。小峰被告は、たった一人で母親の介護を12年間も続けていました。約5年前からは母親に認知症の症状が現れ、母子の会話が噛み合わないことも増えていたといいます。誰にも助けを求められず、被告は深い孤独感に苛まれていました。精神的にも肉体的にも長年の介護で疲労が蓄積し、事件当時は腰痛も抱えていた状態でした。さらに事件の1週間前からは、母親が頻繁にトイレ介助を求めるようになり、ベッド横にポータブルトイレはあったものの、被告が介助しなければ母親はトイレに行けない状況でした。

小峰被告はケアマネージャーにも相談しており、母親の施設入所も決まっていたにもかかわらず、なぜ事件は起きてしまったのでしょうか。その時計の針を事件当日へと戻すと、緊迫した状況が浮かび上がってきます。

東京地裁立川支部での公判の様子東京地裁立川支部での公判の様子

119番の「次はかけないで」が引き金に

殺人事件が起きた昨年7月22日の午前4時ごろ、小峰被告の母親がベッドから転落しました。物音で目を覚ました被告は事態を把握しますが、自身も70代の高齢で腰痛を抱えていたため、自力で母親を起き上がらせることは不可能でした。そこで119番に助けを求めたのです。救急隊は到着したものの、119番のオペレーターは「今回は向かいますが、本来の仕事ではないので、次からはかけないで」と告げたといいます。この言葉が、小峰被告にとって母親殺害を決意する決定的な引き金となりました。

今後も母親がベッドから転落する可能性は低くなく、「次はどうすればいいのか、誰に助けを求めればいいのか」と思い詰めた小峰被告は、午前6時40分ごろ、ビニールひもで母親の首を絞め、窒息死させたとされています。警視庁の調べでは、遺体の首には刺し傷も確認されており、現場からは血の付いた刃物も見つかっています。そして午前6時45分ごろ、小峰被告は自ら「102歳の母親の首を絞めて殺した」と110番通報。駆けつけた警視庁に殺人未遂の現行犯で逮捕されると、「母の介護がきつくなった」と容疑を認めました。

「殺人罪に執行猶予はつかない」原則との乖離

過去の判例を調べると、決して多くはないものの、殺人事件で執行猶予付きの判決が下された例は確かに存在します。しかし、今回の判決がこれほどまでに大きな注目を集めているのは、「原則として殺人罪に執行猶予はつかない」という司法の“ルール”があるからです。裁判長が「介護疲れによる同情の余地が大きい」と述べたように、長年にわたる過酷な介護の実情と、事件直前の119番での対応が、被告を追い詰める決定的な要因となったと判断されました。この判決は、介護を巡る社会の課題、そして司法が個別の事情にどう向き合うべきかという、重い問いを投げかけています。

今回の判決は、介護に疲弊し、孤立する家族が直面する現実を社会に突きつけるものです。超高齢社会が進む中で、介護の問題は他人事ではありません。この異例の司法判断は、介護者の支援体制の強化や、より多角的なセーフティネットの構築が急務であることを私たちに訴えかけています。


参考文献: