高市早苗首相は、10月21日の組閣時に厚生労働大臣に任命した上野賢一郎衆議院議員に対し、「労働時間規制の緩和の検討」を指示しました。これは、2019年に安倍晋三内閣で成立し施行されている「働き方改革関連法」による残業時間の上限規制(原則月45時間、年360時間)の緩和を示唆するものであり、今後の労働政策に大きな変化をもたらす可能性があります。
「働き方改革」から「働きたい改革」へ:政策転換の背景
現在の日本では、人口減少が続く中で企業の人手不足が深刻化しています。これに拍車をかけたのが、2019年に施行された「働き方改革関連法」における残業時間の上限規制でした。これにより、多くの企業が労働力確保に苦慮しており、産業界からは残業上限規制の緩和を求める声が上がっていました。
実は自由民主党は、7月の参議院議員選挙の際に「働く人が安心して挑戦でき、個人の意欲と能力を最大限活かせる社会を実現するため、『働きたい改革』を推進。人手不足の解消にも努めます」という公約を掲げていました。これは、労働時間の圧縮を主眼とした「働き方改革」とは対照的に、より長く働くことを可能にする「働きたい改革」への転換を意味します。公約では「働く人のための改革」と強調されていますが、その後に続く「人手不足の解消」という言葉から、企業側のニーズに応える狙いが強く感じられます。この高市首相による指示は、これまでの労働時間削減を目指した政策から、労働時間規制の緩和を進める方向へと、労働政策の方向性が180度変わろうとしていることを明確に示しています。
高市首相が衆院予算委で答弁する様子 (2025年11月7日)
高市首相の「ワークライフバランスを捨てる」発言と「昭和の空気」
この方針転換は、参議院選挙が石破茂内閣下で行われた際の方針が高市内閣でも受け継がれていることを示すものです。高市首相自身も、総裁選に勝利した際の挨拶で「(自民党議員)全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」と述べていました。
首相として自らを顧みず、がむしゃらに働く覚悟を力説した言葉だったと推測されますが、この発言はSNSなどを中心に批判の声を集めました。ワークライフバランスを重視する社会への移行が進む中で、首相がそれに水を差すような発言をすることは好ましくない、という意見が多数を占めました。
高市首相を含む昭和世代の人々には、家庭を顧みず猛烈に働くことで日本経済を復興・成長させてきたという思いが根強くあります。この四半世紀の日本経済の低迷は、日本人が以前ほど働かなくなったことに一因があるのではないか、という疑念を持つ人も少なくありません。高市首相の発言の裏には、こうした思いがあったのかもしれません。あるいは、本人が自覚していなくても、受け取る側がそこに「昭和」の空気を感じ取った可能性は高いでしょう。
労働政策の大きな転換点
高市政権が掲げる「働きたい改革」は、単なる政策変更に留まらず、日本の労働観や社会全体の価値観に大きな影響を与える可能性があります。人手不足の解消という喫緊の課題への対応として労働時間規制の緩和が検討される一方で、ワークライフバランスを重視する現代の働き方との間で、今後も活発な議論が繰り広げられることでしょう。この政策が日本経済にどのような影響をもたらし、働く人々の生活をどのように変えていくのか、引き続き注視が必要です。





