「もう縁を切ろう」と誓った母と16年ぶりに再会したガンダム芸人の確信「実の母だからとムリする必要はない」


【写真】「表情が今と違う」父の死を境に海外を放浪した「眼光鋭い」若井さん(6枚目/全16枚)

── 若井さんは小さいころから虐待を受けて育った過去を明かしていますが、当時はどのようなお子さんだったのですか?

若井さん:母を中心に家族から暴力を受けて育ったので、小さいときから「自分はなんで生まれて来たんだ。死にたい」と思うような子でした。僕はおばあちゃんっ子だったんですけど、幼稚園くらいのころ、「なんでおばあちゃんはお母さんを産んだんや。おばあちゃんが産まんかったら僕は生まれてこなくてよかったのに」と言ったそうです。僕自身は覚えてなかったんですが、20歳くらいのときに祖母からその話を聞いて「おばあちゃん、幼いあなたからそれを聞いてホンマ苦しかった」と当時の心境を明かしてくれました。

若井さん:はい。小さいころはアニメ『機動戦士ガンダム』が好きで、ガンダムを観ているときだけつらい思いを忘れられました。当時はガンプラ(ガンダムのプラモデル)が流行っていたんです。母は兄にだけ愛情を注いでいたので、兄はガンプラを買ってもらっていましたが、僕は物を買ってもらったことがありません。おこづかいもなかったので、友人とガンダムで遊ぶときは主人公アムロ・レイとして再現ごっこをして、遊びに参加していました。

若井さん:父の自死がきっかけです。父をここまで追い込んだ母に憎悪を抱き、それでもう母に縁を切る旨を伝えて「自分は財産いっさいを放棄します」と念書を書いて判を押して手渡しました。

父名義で買った物件で自分が繁盛させてきた店も「よこせ」と言われ手放すことになりました。それで完全に縁を切りました。



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