歴史研究家の保阪正康氏は、高市早苗首相の根本的な政治姿勢に対し強い懸念を表明しています。特に安倍政権から継承された「経済保守」の性格と、監視や治安維持を強調する「スパイ防止法」への固執は、日本の民主主義のあり方を根底から揺るがす可能性を指摘しており、世論の注意を促しています。この論考は、高市氏の政策と政治的動向を深く掘り下げ、その潜在的な危険性について考察します。
安倍政権の「経済保守」を継承する高市氏の姿勢
高市首相は、日本維新の会との「連立政権合意書」や所信表明演説を通じて、その政策と政治姿勢を明確に示しています。注目すべきは、安倍政権の路線を強く引き継ごうとする意図が随所に現れている点です。安倍政権は、経済においては弱肉強食を肯定するアベノミクスを基調としながらも、その景気刺激策を強調して大衆を惹きつけました。同時に、集団的自衛権の行使容認、憲法改正宣言、そして官僚やメディアへの独裁的支配といった「経済保守」の性格を有していました。高市氏はまさにこの路線を継承しようとしており、その政治姿勢は「真正保守」とはかけ離れていると保阪氏は指摘します。対米従属からの脱却を模索するどころか、その構造をさらに強化しようとする傾向が顕著であり、安全保障関連費(防衛費)増額を掲げ、安保三文書の前倒し改定を主張することは、軍事への傾斜と同時に、対米従属のさらなる深化を意味します。
高市氏は所信表明演説で、安倍氏が傾倒した幕末の尊王思想家である吉田松陰を引用しました。また、「世界の真ん中で咲き誇る」という言葉も、安倍氏が口癖のように語っていたフレーズです。これは、高市氏が自らを安倍氏の後継者と位置づけ、現在も安倍氏を支持する右派層の動向を最大限に取り込もうとする意欲の表れと言えるでしょう。しかし、権力を私物化する傾向があった安倍政権下で発生した裏金問題や統一教会侵蝕問題に関与した政治家が、高市内閣の内部に存在することは、今後の政権運営を不安定化させる要因となる懸念があります。
所信表明演説を行う高市早苗首相
監視強化と「スパイ防止法」再浮上の危険性
高市首相の政治姿勢において次に懸念されるのは、監視や治安維持への過剰なこだわりです。維新との合意書には、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制(基本法、外国代理人登録法及びロビー活動公開法等)について令和7年に検討を開始し、速やかに法案を策定し成立させる」と明記されています。この法案には、自民党と維新に加え、国民民主党、参政党、日本保守党も賛成の意向を示しています。
この動きは、40年前の1985年に中曽根康弘政権下で、政界を引退していた岸信介氏が主導して国会に提出されたスパイ防止法案の再来を想起させます。当時、岸氏と関係の深かった統一教会とその関連団体である国際勝共連合も法案制定に向けて活動していました。防衛や外交に関する機密情報を外国に漏洩した場合、死刑を含む重罰が規定されていましたが、言論や報道の自由を侵害する可能性への強い警戒から世論の反対が高まり、全野党だけでなく、自民党内にも反対派がいたため廃案となった経緯があります。
いま再びこの反動的な法案が俎上に載せられている現状は、極めて不気味であると保阪氏は警鐘を鳴らします。「スパイ防止法」という戦前回帰的な呼称自体が不穏当であり、このような法案を制定しようとすること自体が、政府のあり方、また政治家の姿勢として本末転倒ではないでしょうか。国家は公文書や情報を同時代に公開し歴史に残す義務があり、国民には情報の開示を請求する「知る権利」があります。現代の日本においてこの権利が十分に保障されていないことは、例えば森友文書開示をめぐる裁判とその過程で明らかになりました。篤実な国家公務員の痛ましい死まで生んだ権力者の不正を、公文書改竄や隠蔽によってなかったことにするような事態は、民主主義国家にあってはなりません。日本政府がまずなすべきは、国民を潜在的なスパイと見なすことではなく、情報公開をめぐる現状を厳しく反省し、国民の「知る権利」に応えるべく自らを改めることであると、保阪氏は強く訴えかけています。
保阪氏の論考は、高市首相の政治姿勢が持つ歴史的背景と、現代社会における情報公開の重要性を改めて問いかけるものです。ファシズムへの傾斜を食い止め、民主主義の根幹を守るためには、国民一人ひとりが政治の動向に意識を向け、「知る権利」を行使することが不可欠であると言えるでしょう。
参考文献
- 保阪正康「〈ついに最終回〉大衆よ、ファシズムに呑まれるな」『文藝春秋』2025年12月号





