イスラエル経済、イランとの戦争後:停戦期待と現実の課題

イスラエルはイランとの「12日間戦争」により経済的な打撃を受けた一方で、国民や投資家の間では、米国の仲介による停戦が長年の夢である経済的な「和平の配当」をもたらすのではないかとの期待が高まっている。パレスチナ自治区ガザでの戦闘は続くものの、イランの核開発計画の後退や、レバノン、シリア、ガザにおける親イラン勢力の弱体化が、この楽観的な見通しを後押ししている。特に、トランプ米大統領が、イスラエルがガザでの60日間の停戦に必要な条件に合意したと表明したことは、期待感を一層強めた。

イラン戦開始から2日目の6月15日以降、イスラエルの主要株価指数は2桁の上昇を示し、過去最高値を更新した。通貨シェケルも6月13日以降に8%上昇し、約2年ぶりの高値圏にある。国債の債務不履行リスクを示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は大幅に低下し、8月にも利下げが行われるとの見方が広がっている。CDSの低下は、市場がもはやイスラエルが投資適格の信用格付けを失うリスクを織り込んでいないことを示唆しており、これはガザでの紛争以前には考えられなかった展開である。

経済回復への期待とその背景

イスラエル経済に対する楽観的な見方の背景には、一部のアナリストが中東における地政学的構図の再編とみなす変化がある。こうした動きは、最終的にシリアなど長年の敵対国との和平合意につながる可能性も秘めていると受け止められている。中東では米国が仲介した「アブラハム合意」に基づき、2020年にアラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンがイスラエルとの国交を樹立し、モロッコもこれに続いた。こうした流れをきっかけに、イスラエルとの関係正常化に踏み切る国が増えるのではないかとの期待も広まっている。

IBIインベストメント・ハウスのギル・ドタン氏は、投資家はイスラエルの近隣諸国との間で新たなチャンスの到来を見込んでいると指摘する。イスラエル財務省の首席エコノミスト、シュムエル・アブラムゾン氏は「われわれは今、大規模なリスク低減プロセスを目の当たりにしている。国家の存続にとっての脅威だけでなく、経済的・地政学的リスクも取り除かれつつある」と述べ、将来的な安定への期待を示した。

短期的な経済的打撃

イスラエルは短期的には、イランとの戦闘で経済が深刻な打撃を受ける見通しだ。イスラエル財務省は、戦闘に伴う推定80億シェケル(約23億7000万ドル)の経済的損失を理由に、3.6%としている今年の成長率見通しの見直しを進めている。JPモルガンはすでに成長予測を3.2%から2%に下方修正した。労働市場は堅調を保っているものの、パレスチナ武装組織ハマスによる2023年10月7日の襲撃で始まったガザでの紛争以来、多くの労働者が予備役として動員されており、労働市場は依然として逼迫している。

対イラン戦では主要産業に混乱が生じた。イスラエル中央統計局の調査によると、企業の35%が6月の売上に50%以上の打撃があると予想している。エルサレム中心部でレストランを経営するツヴィ・マラーさんは、この短期間の戦闘がまるで新型コロナウイルスのパンデミックが再来したようだったと表現した。氏は、2023年10月7日以降は観光客が来なくなり経営が苦しく、地元の常連客や自身の追加投資で店を何とか維持しているという。

イランとの戦争がイスラエル経済に与えた影響を語るエルサレムのレストラン経営者、ツヴィ・マラー氏イランとの戦争がイスラエル経済に与えた影響を語るエルサレムのレストラン経営者、ツヴィ・マラー氏

一方で、フィットネスチェーンの最高経営責任者(CEO)であるケレン・シュテヴィ氏によると、対イラン戦争中に74店舗全てを一時閉鎖したが、戦闘終結後には人々が日常を取り戻そうと来店し、新規入会が急増した。イスラエル製造業協会のロン・トマー会長は、イラン戦で企業が広範囲で閉鎖されたものの、戦争期間中も95%の工場が稼働を維持し、輸出業者は海外顧客への供給を継続できたと報告した。イスラエル中央銀行のアディ・ブレンダー調査部長は、今後防衛費が減少する可能性があると指摘。「イランを想定した非常に集中的な防衛支出は、今後数年間はもはや必要ではなくなるだろう」と述べ、将来的な財政負担の軽減に楽観的な見方を示した。

経済の回復力と残る課題

イスラエル民主主義研究所の上級研究員で元イスラエル中央銀行総裁のカーニット・フルグ氏は「イランとの今回の戦闘の前から、ガザとの長期紛争で示されたイスラエル経済の回復力には良い意味で驚かされていた」と述べ、2025年第1・四半期の成長率が年率換算で3.7%に達したことを挙げた。しかし同時に、イスラエル経済には生活費の高騰や超正統派ユダヤ人男性の労働参加率の低さといった根深い課題が残っているとして「こうした長期的課題は未解決だ」と指摘した。

ガザでの20カ月にわたる紛争は成長を鈍化させ、物価を上昇させ、防衛費などの支出が債務負担の急増をもたらしている。しかし、イスラエル経済の主力産業であり、国内経済活動の約20%を占めるハイテク分野は好調を維持している。スタートアップ・ネイション・セントラルの6月30日の発表によると、国内ハイテク企業の今年上半期の調達額は90億ドルを超え、半年間の金額としては2021年以来で最大となった。投資会社アワークラウドのジョン・メドヴェドCEOは、人工知能(AI)やサイバーセキュリティなどの分野で外国人投資家の関心が依然として高く、イランの核開発計画が完全に破棄されれば、投資はさらに活発化する可能性があるとの見方を示した。短期的な打撃と長期的な希望が交錯する中、イスラエル経済は地政学的変化と国内課題の両面と向き合っている。

出典:ロイター