チャイニーズ・ドラゴン、謎めいた実像と報道の裏側:二つの源流、変貌した香港14K、そして中国当局への牽制か

裏社会を取材する中で、幾度となくその名を耳にするチャイニーズ・ドラゴン。しかし、その真の姿を知る者は多くはない。近年の日本各地で発生する「匿名・流動型犯罪グループ(通称:トクリュウ)」による事件では、SNSなどを通じて見知らぬ者同士が繋がり、犯罪を繰り返す。この現状を暴力団取材を専門とするフリーライターの鈴木智彦氏は「液状化犯罪時代」と表現する。過去の報道でチャイニーズ・ドラゴンが引き起こした「サンシャイン乱闘事件」の真相に迫ったが、ここではさらに、謎に包まれた組織のルーツと最新の状況、そして関連報道の背景に迫る。

チャイニーズ・ドラゴン、謎めいた実像と報道の裏側:二つの源流、変貌した香港14K、そして中国当局への牽制かチャイニーズ・ドラゴンのイメージ写真。裏社会における謎めいた存在を示す。

ドラゴンの二つの源流とその実像

日本におけるチャイニーズ・ドラゴンは、大きく分けて二つの系統を持つ。一方は東京・葛西を拠点とする暴走族『怒羅権(ドラゴン)』をルーツとする一派であり、もうひとつは同時期に東京・王子で発生した『華魂(ドラゴン)』を源流とする愚連隊である。どちらも読み方は同じ「ドラゴン」だが、『怒羅権』という表記の厳めしさや、暴走族時代に千葉県浦安市で発生した刺殺事件(実行犯は正当防衛で無罪)が大きく報じられたことから、長年マスコミは葛西の『怒羅権』を主流として扱う傾向にあった。

葛西「怒羅権」と王子「華魂」

同じ時代、同じ東京で発生し、共通のバックボーン(主に残留孤児2世)を持つこれら二つの組織。原則として、チャイニーズ・ドラゴンの正式なメンバーと言えるのは、葛西の『怒羅権』か、王子の『華魂』の系統に連なる者だと考えて差し支えないだろう。それ以外の、残留孤児を中心としたグループは、たとえドラゴンの親交者であっても、厳密には区別される。フィリピンで特殊詐欺を繰り返す『JPドラゴン』などは、龍をモチーフにしただけで、日本のチャイニーズ・ドラゴンとは全く無関係だ。

「ブラックドラゴン」と上野グループ

「サンシャイン乱闘事件」を引き起こしたとされるドラゴン上野グループも、厳密な意味ではチャイニーズ・ドラゴンそのものではない。上野グループは、残留孤児2世の不良として有名だった佐藤兄弟(大偉、小偉)が作った一派を源流とする。マスコミは彼らを「ドラゴン」と報じ続けてきたが、佐藤兄弟自身はチャイニーズ・ドラゴンには属さず、錦糸町で『ブラックドラゴン』という別のチームを結成していた。この『ブラックドラゴン』が組織の新陳代謝に失敗し、その系統が形を変えて現在の上野グループに至っている。

マスコミ報道の誤解とドラゴンの沈黙

『怒羅権』がマスコミの取材に一切応じないことも、誤解や不明瞭さが広まる一因だった。暴走族雑誌『ティーンズロード』の元編集長である比嘉健二氏は、「暴走族時代からドラゴンは別格だった。暴走族の世界に戒厳令が敷かれているような空気。葛西の怒羅権も、王子の華魂も、取材に応じないチームとして有名だった。とにかく怖がられていた」と語る。『華魂』は『怒羅権』以上に徹底して情報を隠し、限られた雑誌記事での発信以外は、誤報があっても完全に無視していた。情報が少なく、関係者を見つけても頑なに口を割らないため、マスコミはチャイニーズ・ドラゴンの事件が起こるたびに、『華魂』を亜流、あるいは傍流のように報じ続けてきたのだ。

チャイニーズ・ドラゴン、謎めいた実像と報道の裏側:二つの源流、変貌した香港14K、そして中国当局への牽制か2022年にサンシャイン乱闘事件が発生した現場の写真。凄惨な状況を示す。

当事者から見た「ドラゴン」の明確な線引き

長年の間、チャイニーズ・ドラゴンは正体不明で謎めいた集団だった。令和となった今でも、マスコミには事実誤認が蔓延し、事件のたびにピント外れの記事が出回る。これは当事者にとっては都合の良い状況だったろう。実態が見えないことが恐怖心を増大させ、同時に仲間を隠す迷彩となり、社会からの制裁をかわす盾にもなるからだ。事件のたびに名前が挙がる「チャイニーズ・ドラゴン」という準暴力団――社会の不安が彼らの暴力イメージを増幅させ、恐怖心を掻き立てる。沈黙と恐怖は、彼らにとって強力な武器だった。

ここで長々と説明したのは、チャイニーズ・ドラゴンの細部にこだわりたいからではない。外部の人間には区別がつかなくても、当事者にとっては誰がチャイニーズ・ドラゴンで誰が親交者なのか、明確な基準があると言いたいだけだ。マスコミはチャイニーズ・ドラゴンに関し、安易に「真相は闇の中」と片付けすぎた。チャイニーズ・ドラゴンは取材が難しい対象だが、彼らは間違いなく日本に、それも東京の中心部に存在しているのだ。

「チャイニーズ・ドラゴン」警察用語とその背景

過去の記事でチャイニーズ・ドラゴンは警察が使う俗称だと述べたが、実際、『華魂』は立ち上げ当初、「チャイニーズ・ドラゴン」と名乗っていた時期がある。メンバーのほとんどが残留孤児2世であり、日本で受けたいじめに対する抵抗が、チーム結成の動機だったからだ。当時の不良社会は暴走族全盛期だったため、『華魂』も最初はバイクや車を使った集会を行っていた。彼らの好戦的で残忍な暴力性が関東一円の暴走族に知れ渡ると、悪の華に憧れた日本人不良たちが『華魂』に加入していった。在日韓国・朝鮮人が集まってできた大阪の柳川組も、凄惨な抗争を繰り返して「殺しの軍団」と呼ばれ、多くの日本人を取り込んで膨張したように、マイノリティーのアウトロー集団は、突出した暴力性によって多数派となり、武闘派としてメジャーに転生することがある。その後、かつて敵対していたはずの日本人を多く取り込んで増大した『華魂』は、組織名から「チャイニーズ」を削除している。

なぜ今「チャイニーズ・ドラゴン」なのか?

にもかかわらず、警察が近年になって再び「チャイニーズ・ドラゴン」と連呼し始めた背景には、残留孤児2世・3世をはじめとする残留孤児系不良グループや、その他の不良中国人の犯罪をひとまとめにすることで、「ドラゴン」という存在をより大きな脅威として社会に認知させたいという意図があるのだろう。中国人観光客のオーバーツーリズムが常態化し、排外主義が広まりつつある日本において、「中国脅威論」は格好の材料となる。社会不安が増大すれば、潤沢な捜査予算が付きやすくなるのかもしれない。

社会の敵を作りたい警察にとっては都合が良いかもしれないが、不安と恐怖を煽られる我々一般人はたまったものではない。理由も分からず恐怖心だけが増大すれば、場合によっては中国へのヘイト感情を生み出す可能性さえある。

「香港14K」との「盃事」事件と報道の裏側

先に指摘したように、今年6月に逮捕者が出た「盃事(さかづきごと)」事件では、警察はチャイニーズ・ドラゴンが国境を越えて社会に蔓延し、暴力団以上に治安を脅かす反社会勢力に成長したとアナウンスしたかったのだろうと推測できる。しかし、それだけでは今回の奇妙なニュースを完全に読み解くことはできない。

報道された「盃事」の奇妙さ

今回の報道では、「香港14K」という、チャイニーズ・ドラゴン以上に実態のよく分からないマフィア組織との盃事が行われたとされた。詳細が不明瞭なため、麻薬取引やトクリュウなど、現在の犯罪トレンドに結びつけて報道されても、さほど違和感なく納得してしまう曖昧さがある。これもまた、チャイニーズ・ドラゴンの脅威を格上げする材料にはなるだろう。

変貌した「香港14K」の実像

だが、香港14Kは、もはやかつてのようなマフィア組織ではない。いまだ形としては残っていても、独裁的な共産主義国である中国に返還された香港で、好き勝手にアウトロー活動などできるはずがないのだ。特定危険指定暴力団である北九州の工藤會は、自由で法の支配が徹底している日本だからこそ、警察を敵に回してテロ活動ができ、トップの裁判で殺人が無罪となるケースさえ発生した。同じことを中国で行えば、即座に逮捕され、トップをはじめ幹部全員が死刑になって終わりだ。

香港14Kと日本の暴力団の関係は今に始まったことではない。地理的に近い沖縄の暴力団は昭和の時代から船舶を使った密貿易で関係を築いているし、現地に支部も作っていた。2014年、筆者はとある指定暴力団トップの紹介でマカオに渡ったが、そのトップが「兄弟分を紹介する」と会わせてくれた人物は、まさに香港14Kのボスだった。香港14Kの幹部と日本の暴力団が盃を結んだところで、いまさら驚くことではないのだ。

捜査当局の真の狙い:中国当局への牽制

ではなぜ警察はこの事件を大々的に発表し、マスコミに報じさせたのだろうか。これはあくまで推測に過ぎないが、今回の事件は、中国当局への牽制だった可能性がある。というのも、中国の秘密警察は、日常的にチャイニーズ・ドラゴンのメンバーをはじめ、残留孤児2世・3世の不良たちに接触しているからだ。

中国秘密警察の日本での活動実態

秘密警察の目的は日本国内をスパイすることではない。彼らの情報収集の対象は、あくまで中国共産党の一党支配を揺るがす可能性のある存在、すなわち民主化運動の活動家や、弾圧を受けているウイグル族などの民族独立運動関係者、中国において邪教とされる法輪功の信者などである。彼らが日本のどこに住んでいるかを突き止め、当事者に接触を図ってくるのだ。

チャイニーズ・ドラゴンの古参メンバーは、「ドラゴンが10人いれば、たぶん8人くらいは秘密警察が接触してきて、協力者にならないかと勧誘している。表向き、日本の法律を破る行為ではないし、日本を売り渡すわけでもない。かなり高額な経費・謝礼がもらえるのもあって、協力している人間もいるはず」と証言する。

秘密警察の勧誘手口と協力者の可能性

秘密警察は中国人のあらゆる階層に協力者を作り、反体制分子の居場所を突き止め、彼らに接触する。最初はこれまでの経緯を不問にするから中国に帰れと説得し、それでも拒否されると中国国内の家族に圧力をかけると脅迫する。多くの活動家は、アメとムチで揺さぶられることを覚悟している。場合によっては手荒い手段に出ることもあり、それに手を貸す日本の不良がいてもおかしくないという。

周辺取材を進めると、今回「チャイニーズ・ドラゴン」関係者として報道された3名の中に、秘密警察の協力者であると疑われる人物がひとりいた。さらに言えば、香港14Kそのものが、現在は中国共産党の手先と言っていい存在だ。事実、香港のマフィア構成員は権力の手先となり、香港の民主化運動を暴力で弾圧した。警察は、日本の暴力団が中国の走狗となることは許さない、という釘を刺し、メッセージを送ったのかもしれない。

日本政府のメッセージと主権侵害への姿勢

2023年4月、当時の松野博一官房長官は、アメリカ国内で秘密警察を運営した容疑で米当局が2人を逮捕したニュースに触れ、もし日本国内で主権侵害にあたる活動が行われている場合は、断じて認められないと明言している。「いずれにせよわが国での(中国による)活動の実態解明を進めているところであり、その結果に応じて適切な措置を講じる考えである」と述べている(ロイター通信、2023年4月18日報道)。今回の事件の裏に、日本政府のジャブがあった可能性は十分にあるだろう。