日本に広がるクルド人への憎悪:ヘイトスピーチの日常化とその影響

なぜこれほどまでに嫌われ、攻撃され、その連鎖を止められないのか。日本社会にどれほどの悪感情が渦巻いているのか――。埼玉県南部の川口市と蕨市に多く暮らす在日クルド人たちは、今、深い不安と恐怖に怯えている。歯止めのきかない憎悪は、インターネット上だけでなく、日々の生活、さらには政治的な場にまで溢れ出し、社会に暗い影を落としている。

2025年6月15日、東京都杉並区のJR高円寺駅前で、東京都議選の街頭宣伝中に旭日旗を振る支持者と「差別をやめろ」と抗議する人々が対峙する様子。クルド人問題に関連するヘイトスピーチの広がりを示す。2025年6月15日、東京都杉並区のJR高円寺駅前で、東京都議選の街頭宣伝中に旭日旗を振る支持者と「差別をやめろ」と抗議する人々が対峙する様子。クルド人問題に関連するヘイトスピーチの広がりを示す。

エスカレートするヘイトクライムと支援団体への脅迫

2025年6月15日午前、JR蕨駅近くのビルの一室に、在日クルド人や彼らを支援する市民が集まっていた。毎週日曜日に市民団体「在日クルド人と共に」が開催する日本語教室だ。穏やかな雰囲気に包まれた集まりだが、団体の代表を務める温井立央氏の表情は晴れない。「正直、きりがない。気にしないように振る舞っていても、少しずつ心にダメージがたまります」。温井氏が語る「きりがない」とは、激しさを増すヘイトスピーチやヘイトクライムのことだ。団体のホームページには「さっさと国へ帰れ」といった内容のメールが頻繁に送りつけられ、過去2年間でその数は187件にも及ぶという。

市民団体「在日クルド人と共に」の事務所に届いた、「くるどじンキらい。ころスアるよ」と書かれた在日クルド人への脅迫手紙。エスカレートするヘイトクライムと団体への直接的な脅威を示す。市民団体「在日クルド人と共に」の事務所に届いた、「くるどじンキらい。ころスアるよ」と書かれた在日クルド人への脅迫手紙。エスカレートするヘイトクライムと団体への直接的な脅威を示す。

さらに、「くるどじンキらい。ころスアるよ」という露骨な脅迫の手紙まで届くようになった。クルド人を誹謗中傷する電話や、スタッフを怒鳴りつけるような嫌がらせの電話も後を絶たない。このような差別的言動が、もはや日常の風景となりつつある現状に対し、食い止める手立てはあるのか、と問いかける。

インターネットを通じて薄く広がる「悪いイメージ」

温井氏は、ヘイトスピーチがSNS上で当たり前のように流布され、放置されている状況に強い危機感を抱いている。「人権が軽く扱われているように感じます」と彼は話す。今年6月、都内の大学で川口の現状について講演した際、学生たちから寄せられた感想文に温井氏は衝撃を受けたという。講演前の彼らが抱いていたイメージとして、「SNSを見てクルド人には悪い印象しかなかった」「クルド人のせいで川口の治安が悪くなったという話を聞いた」といった記述があったからだ。

2025年6月15日昼、埼玉県蕨市で、市民団体「在日クルド人と共に」代表の温井立央氏が、団体に頻繁に送られてくる在日クルド人へのヘイトメールを示している様子。インターネットを介した差別問題の深刻さを表す。2025年6月15日昼、埼玉県蕨市で、市民団体「在日クルド人と共に」代表の温井立央氏が、団体に頻繁に送られてくる在日クルド人へのヘイトメールを示している様子。インターネットを介した差別問題の深刻さを表す。

川口や蕨を一度も訪れたことのない学生たちが、インターネット上の情報だけでそのようなイメージを形成していたことに、温井氏は驚きを隠せない。「一番の問題は、差別がネットを通じて薄く、そして広範囲に広がっていることです」と彼は指摘する。

差別と向き合うクルド人の現実と希望

温井氏が代表を務める団体の日本語教室には、2022年の設立当初から通い続けているクルド人男性、ヤマンさん(44歳・仮名)の姿があった。今年、日本語能力試験で2番目に難しいとされる「N2」の受験を控えており、毎日猛勉強に励んでいる。ヤマンさんは「SNSでクルド人に対するひどい差別があるのは知っているけれど、喧嘩になるから見ないし、相手にしない。家族のためにもならないし」と語る。彼は、個人としての努力を通じて、差別と向き合いながらも、家族の未来のために希望を繋ごうとしている。

結び:人権尊重の社会へ向けた問い

クルド人に対する憎悪と差別は、一部の過激な言動に留まらず、インターネットを介して人々の間に静かに、しかし確実に浸透している。これは、特定のコミュニティの問題にとどまらず、日本社会全体における人権意識と多様性への理解が問われている事態と言えるだろう。ヘイトスピーチの日常化を食い止め、真に人権が尊重される社会を築くためには、情報の正確な理解と、個人レベルでの意識改革、そして社会全体での具体的な対策が不可欠である。


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