2019年7月18日に発生した京都アニメーション第1スタジオへの放火事件は、尊い36名の命を奪い、32名に重軽傷を負わせた「史上最悪の放火殺人事件」として日本社会に深い傷跡を残しました。この悲劇的な事件はなぜ起きたのか、そして犯人である青葉真司死刑囚はどのような人物で、犯行に至るまでにどのような心理状態にあったのでしょうか。
本記事では、京都新聞取材班による著書『自分は「底辺の人間」です 京都アニメーション放火殺人事件』(講談社)より一部を抜粋し、事件に至る青葉死刑囚の行動と内面に迫ります。彼の心に渦巻いていた「歪んだ憎悪」の根源と、事件直前の異常な精神状態を詳細に分析することで、この凶行の背景を理解する一助とします。
事件直前の精神状態:騒音トラブルと「つっかえ棒」の喪失
事件のわずか4日前、2019年7月14日、青葉死刑囚は自身のアパートで「こっちは余裕ねーんだよ、殺すぞ」と怒声を響かせました。発端は、2階からの物音を隣の部屋からと誤解したことによる騒音トラブルでした。隣人が冷静に対応しようとするも、彼は相手の髪や胸ぐらをつかみ、「黙れ、うるせーんだよ」と威嚇し、「殺すぞ」という言葉を何度も繰り返しました。この一連の行動は、彼の精神がすでに限界に達し、歯止めが利かなくなっていたことを示唆しています。
青葉死刑囚にとって、小説は自らを支える唯一の「つっかえ棒」であったと法廷で語られています。しかし、懸命な努力の結晶である自身の作品が世間から全く評価されなかったことが、彼を絶望の淵に突き落としました。かつて小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿した自身の小説について、彼は「もし50人、いや20人が見てくれていたら、事件を起こさなかったと思っている」と述懐しています。この言葉からは、彼の自己肯定感が極めて低く、承認欲求が満たされなかったことへの強い憤りが読み取れます。「つっかえ棒がなくなれば、倒れるしかない」という彼の心情は、精神的な孤立と社会からの拒絶感を痛烈に表しています。
青葉真司死刑囚の中学生時代。京アニ放火殺人事件の犯行直前の精神状態と動機解明に繋がる過去
京都への「片道切符」:全財産と凶器を携えて
心の中からも、周囲からも、彼を支えるものが一切なくなり、最終的に残ったのは京アニに対する強烈な憎悪でした。この憎悪こそが、犯行の直接的な動機へと結びついていきます。
事件3日前の7月15日、青葉死刑囚は「特攻のような片道切符」と自ら表現する旅に出ました。さいたま市の自宅を出発し、新幹線に乗り込む前の午前9時頃、さいたま市内のATMで全財産の5万7000円を引き出しました。かばんには、当初は大宮駅で事件を起こすために準備していたという包丁6本が詰め込まれていました。
京都駅に到着後、彼は電車を乗り継ぎ、京都府宇治市にある京都アニメーション第5スタジオへと向かいました。このスタジオには、ファン向けのグッズショップが併設されており、青葉死刑囚は京アニ関係者以外を巻き込むことを避けようと、わずか1分で店を出たといいます。その後、彼は標的を第1スタジオに定めました。その理由として、自身の小説が盗用されたという妄想に基づき、第1スタジオには「盗作に関わった人が多数いる」と考えたためでした。この時点で、彼の目的は京アニへの報復という明確な形を取り、その計画は着々と進行していったのです。
結び
青葉真司死刑囚が京アニ放火殺人事件に至るまでの道のりは、彼が抱いていた「歪んだ憎悪」と、精神的な孤立、そして社会からの疎外感が深く絡み合っていたことを示しています。騒音トラブルでの異常な言動や、小説への執着とその評価への失望、そして全財産と凶器を携えて京都へ向かう「片道切符」の旅は、彼の精神が破綻寸前であったことを浮き彫りにします。
この悲劇が二度と繰り返されないためにも、彼の動機や事件直前の精神状態を詳細に分析し、社会全体で孤立した個人の心の闇にどう向き合うかを考える必要性を示唆しています。本記事が、京アニ事件の背景を深く理解するための一助となれば幸いです。
参考資料
- 京都新聞取材班 著, 『自分は「底辺の人間」です 京都アニメーション放火殺人事件』, 講談社, 2023年.