人の生き方や感情は顔つきに現れる――そう語るのは著述家の楠木新氏です。長年にわたり多くの人々の取材を重ね、様々な「顔」に接してきた経験から、「顔の研究」が氏のライフワークとなりました。この記事では、人間関係の始まりにおける「顔」の役割と、初対面で瞬時に形成される相性のメカニズム、そして小集団(通称「ダマ」)の形成とその影響について深く考察します。
I. 相性は“最初の数秒”で決まる?非言語情報の力
私たちは会社や学校といった組織の中で、自然と気の合う仲間を見つけ、小さな集団を形成する性質を持っています。小学校や中学校での入学時やクラス替え直後のぎこちない関係が、いつの間にか打ち解け、気の合う者同士がまとまっていく経験は、多くの人が覚えがあるでしょう。時に親友と呼べる相手との最初の縁が、「たまたま席が隣だった」という偶然から始まることも少なくありません。しかし、その偶然の裏には、人はごく限られた「非言語情報」から相性を見抜く能力が隠されているのです。
私がかつて教授を務めていた女子大学での新入生ガイダンスでも、初日には3〜5人ほどの小グループが自然に形成され、そのグループはゼミ選択までの2年間、ほとんど変化しませんでした。学生たちは、相手の顔つきや物腰といった要素から、瞬時にお互いの相性を判断していたと考えられます。
顔つきや表情が人間関係の始まりに重要な役割を果たす様子
臨床心理学者の河合隼雄氏は、『心理療法対話』(岩波書店)の中で、「わたしたちの世界でも常に相性が問題になる」と述べています。特に思春期のクライエントと向き合う際、部屋に入ってきた瞬間に良好な関係が構築できなければ、その後の努力がどれほどのものでも困難になるというのです。また、30人ほどの人を集め「必ず自分に合う相手がいるから、その人を見つけてください」という実験では、おおよそ双方がぴたりと合うという結果が得られたそうです。しかし、この現象を明確に定義したり、理論化するのは難しいとされています。それは、非言語的な領域が大きく影響しており、明確な因果関係で説明できない部分が多いからでしょう。
このような第一印象や相性の判断は、会社のように上下関係や利害が複雑に絡む場では、その効果が発揮されにくい傾向があります。しかし、同じスタートラインに立つ初対面の場面、例えば入学式や入社式、あるいはパーティーや交流会などでは、最も強く機能すると考えられています。
II. 元AKB48高橋みなみが語る“ダマ”の形成とリーダーシップ
一方で、人間関係の中には「ダマ」と呼ばれる小集団の存在があります。私が担当していた女子大学の「リーダーシップ」の授業では、元AKB48のリーダーである高橋みなみさんの著書『リーダー論』(講談社AKB新書)を教科書として用いていました。彼女はAKB48における小集団を「ダマ」と呼び、「女の子は小さな集団を作る生き物。でも何かを成し遂げる場では、“ダマ”は良くない」と述べています。高橋さんによれば、リーダーの役割とは、この「ダマ」をほぐし、一人ひとりが輝ける環境を整えることにあると言います。
授業で学生たちに「ダマ」の存在について尋ねると、ほぼ全員が即座に「ある」と答えました。前述の新入生ガイダンスの初日にはすでに形成され、その後ほとんど変化しない「ダマ」について、学生にその理由を問うと、「一緒にいると安心できる」「情報交換ができる」といった回答が多く聞かれました。
それでは、科学的には証明しにくいものの、確かに存在する第一印象や相性に、私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。私は二つの重要なポイントがあると考えています。一つは、学校の入学時や会社の入社時、あるいはパーティーや異業種交流会など、初対面の人が集まる場では、人は無意識のうちに「ダマ」を作ろうとする生き物であることを意識しておくことです。はつらつとした笑顔の若者を見て「あいつは将来、大物になる」と評することがありますが、これは案外、的を射ていると言えるでしょう。
結論
楠木新氏の「顔の研究」から始まり、河合隼雄氏の臨床心理学、そして高橋みなみ氏のリーダー論に至るまで、私たちは「顔つき」や「第一印象」が人間関係の構築においていかに深く、そして瞬時に影響を与えるかを再認識しました。特に初対面の場面では、言葉にならない非言語情報が相性を決定づけ、安心感を求めて自然と小集団が形成される傾向にあります。これらの人間関係の深層を理解し、意識的に向き合うことで、より豊かで実りある交流を築くための重要な一歩となるでしょう。





