職場のサイコパス問題:昭和の共同体から現代の個人主義社会への変化

20人に1人の割合で存在すると言われるサイコパスは、職場の人間関係を悪化させ、周囲を疲弊させる可能性があります。彼らが世界をどのように認識し、他者をどのように見ているのか。2025年8月に日本語版が刊行された『サイコパスから見た世界:「共感能力が欠落した人」がこうして職場を地獄にする』について、ジャーナリストの佐々木俊尚氏が語る考察を通して、日本社会におけるサイコパスの存在とその背景にある変化を深掘りします。

昭和の企業共同体が持つ「サイコパス抑制力」

佐々木氏が新聞社に入社したのは昭和最後の年でした。当時、一部には強い上昇志向を持つサイコパス的な人物も存在しましたが、同時に、不正な手段で出し抜かれた際に「お前の仕事を見ている仲間もいる」と声をかけてくれる先輩がいたと言います。これは、当時の日本企業が持っていた強固な共同体意識の表れでした。

昭和の日本企業は、社員寮での生活、社内結婚、会社の信用組合からの住宅ローン、週末の社内ゴルフなど、社員の人生全体を包み込むような共同体でした。こうした環境では、強い仲間意識とチームプレーが自然に育まれ、個人の突出した行動や反社会的な振る舞いは抑制されやすい傾向にありました。強固な人間関係と相互監視の目が、サイコパス的な行動を抑止するプラス要因として機能していたと考えられます。

昭和の日本企業では共同体意識が強く、強固な人間関係と仲間意識がサイコパスの蔓延を抑制していた昭和の日本企業では共同体意識が強く、強固な人間関係と仲間意識がサイコパスの蔓延を抑制していた

共同体の消滅とサイコパスの暗躍

しかし、時代が移り変わり、企業が個人のワークライフバランスの一部として捉えられる現代において、社内の人間関係は以前ほど強固ではなくなりました。これにより、サイコパス的な人物が暗躍しやすい環境が生まれつつあると佐々木氏は指摘します。特に就職氷河期世代を中心に、「会社に頼って生きていてはダメだ」という意識が強まり、非正規雇用を経験した人々が独立志向を強める傾向にあります。

堀江貴文氏や有名ブロガー、ユーチューバーといった個人で成功するロールモデルに憧れる人が増え、「ジャングルの中で生き抜け」といった感覚が社会にもてはやされるようになると、サイコパスにとっては自己中心的な行動が許容されやすくなるでしょう。このような社会状況は、共感能力が欠如した人々が自身の利益を追求しやすくなる土壌を作り出していると言えます。

日本に残る「共同体の精神」:アニメ・映画から見る文化

現代社会では共同体意識が薄れつつあるものの、日本社会の根底には依然として共同体を重んじる精神が強く残っています。これは、アニメや映画の世界を観察するとよく理解できます。例えばハリウッド映画では「スーパーマン」のように一人の英雄が活躍する物語が多いのに対し、日本では「ワンピース」「進撃の巨人」「シン・ゴジラ」など、チームや仲間が協力し合って困難を乗り越える物語が数多く制作されています。

こうした物語は、個人の能力だけでなく、他者との連携や助け合いを通じて目標を達成するという日本特有の価値観を反映しています。この共同体の精神は、職場環境においても無意識のうちに影響を与え、サイコパスが完全に支配しにくい側面を依然として持っているのかもしれません。変化する社会の中で、いかにこの共同体の良い側面を現代に適応させていくかが、職場の健全性を保つ上での課題となるでしょう。

まとめ

サイコパスの存在は現代の職場において深刻な問題となりつつありますが、その背景には昭和の強固な企業共同体が失われ、個人主義的な価値観が広がる社会の変化が影響していると考えられます。日本社会に深く根付く共同体の精神は、形を変えながらも、サイコパス的な行動を抑制する潜在的な力として機能し続けるでしょう。