現在の日本の皇室は、皇位継承を巡る特異な状況にあります。天皇陛下の弟である秋篠宮さまが皇位継承順位第1位の「皇嗣」として位置づけられていますが、これは従来の「皇太子」とは異なる立場です。神道学者であり皇室研究家の高森明勅氏は、現在の皇室では、天皇陛下の重要な務めの一つである、皇室の様々な祭りを次世代へ受け継ぐための経験を積んでいる皇族が誰もいないと指摘します。さらに高森氏は、令和の皇室において「皇太子」となり得る資格を持つのは、唯一の皇女である敬宮(としのみや)殿下(愛子さま)お一方だけであると述べています。
本稿では、天皇陛下の務めと、この「皇位継承」の現状について深く掘り下げ、愛子さまが皇太子候補となり得る背景を考察します。
天皇陛下の「国事行為」とは
天皇陛下のお務めは、大きく分けて3種類に整理されます。その一つが、日本国憲法に明記された「国事行為」です。これには内閣総理大臣の任命や国会の召集など、全13種類が列挙されています。意外に思われるかもしれませんが、天皇陛下が法的な義務として必ず行わなければならないのは、この国事行為のみです。
国事行為は、天皇陛下が必ずなされなければならないと同時に、天皇陛下から正式な委任を受けた場合を除き、他の誰も行うことができません。しかも、これらは国家の運営にとって最も重要な事項ばかりです。例えば、国会の多数決で高市早苗衆院議員が内閣総理大臣に「指名」されても、天皇陛下によって「任命」されない限り、新しい内閣は発足しないといった具合です。
エクアドル大統領夫妻と秋篠宮さま(左端)、秋篠宮妃紀子さま(右端)。2025年8月29日。
ただし、国事行為には「内閣の助言と承認」が不可欠であり、法的には「内閣の意思」による行為と言えます。例えば、秋篠宮殿下が「傍系の皇嗣」でいらっしゃる既定の事実を改めて公示する「立皇嗣の礼」という前代未聞の儀式が行われました。本来、「直系の皇太子」の場合は「立太子の礼」が行われる一方で、傍系の皇嗣は類似の儀式を行わないのが原則でした。しかし、これは国事行為であったため、天皇陛下に選択肢はありませんでした。このことから、天皇陛下がご自身のお気持ちによって秋篠宮殿下に次代を託そうとされた、と早合点してはなりません。むしろ、傍系の皇嗣を次の天皇として即位されることが確定している「皇太子」と同じ立場のように印象づけることを狙った、「内閣の思惑」が透けて見える儀式であったと解釈できるでしょう。
象徴としての「公的行為」の変化
次に、象徴としての公的な行為があります。こちらは「日本国民統合の象徴」という憲法上の地位を根拠とするもので、具体的な内容は憲法には一切記されていません。しかし、恒例化した行事として、天皇皇后両陛下が毎年ご一緒に地方を訪れる「四大行幸啓(ぎょうこうけい)」などは広く知られています。
この地方ご訪問は、昭和時代には「全国植樹祭」と「国民体育大会」(現在は国民スポーツ大会)の「二大行幸啓」だけでした。平成に入ると、それまで皇太子のご公務とされていた「全国豊かな海づくり大会」が、新しく天皇のご公務に格上げされ、「三大行幸啓」と呼ばれるようになりました。令和の現在では、天皇陛下が浩宮(ひろのみや)殿下と呼ばれていた頃から第1回に参加されてきた「国民文化祭」、および平成時代から始まった「全国障害者芸術・文化祭」が平成29年度から一体的に開催されることになり、皇太子のご公務から天皇のご公務へと引き上げられました。これによって、「四大行幸啓」という形が定着しています。これらの変化は、時代とともに天皇陛下の公的役割が広がり、国民との絆を深めるための重要な機会となっていることを示しています。
皇位継承における将来の課題
このように、天皇陛下のお務めには、法的義務である国事行為と、象徴としての公的な行為という二つの側面があります。現在の皇位継承順位は秋篠宮さまが第1位ですが、伝統的な「皇太子」という立場とは異なります。高森明勅氏の指摘する通り、将来の皇室の祭祀や公務を継承し、経験を積むべき皇族の不在は、皇位継承の安定性にとって重要な課題です。特に、唯一の皇女である愛子さまが皇太子となり得る資格を持つという見解は、今後の皇室制度の議論において、非常に大きな意味を持つと言えるでしょう。この複雑な状況は、日本社会全体が皇室の未来について深く考えるきっかけとなっています。




