間もなく最終回を迎えるNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、近年の大河ドラマの中でも、史実を尊重する姿勢が随所に見られ、視聴者からの好感度が高い作品として評価されています。エンターテインメント作品においてどこまで史実を追求すべきかという議論は常に存在しますが、歴史ドラマとして広く認知されている以上、描かれる時代の状況や考え方が史実とかけ離れてしまえば、歴史に対する理解どころか誤解を広めてしまう可能性も否めません。特に、子どもたちを含む幅広い層にファンが多い大河ドラマにおいては、この問題は決して無視できません。その点、『べらぼう』のように、物語の筋書きが史実や当時の時代思潮を丁寧に織り込みながら構成されていることは、多くの視聴者にとって安心感を与えています。
しかしながら、全てが史実通りに描かれているわけではありません。物語の展開上やむを得ない部分、あるいは人物の魅力を損ねかねない描写も一部に見受けられました。今回は、最終回を前にこの一年を振り返り、特に歴史的な観点から議論の余地があると感じられた場面の一つ、主要登場人物の一人である瀬川の描写に焦点を当てて考察します。
『べらぼう』が描かなかった「お歯黒」の史実:瀬川の描写と江戸時代の習俗
『べらぼう』の前半で特に人気を博したのは、吉原の松葉屋の花魁、瀬川(小芝風花)と蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)が織りなす物語でした。例えば、第9回「玉菊燈籠恋の地獄」では、瀬川が鳥山検校(市原隼人)の身請けの申し出を受けると決断した際、瀬川への深い想いに気づいた蔦重が「後生だから行かねえで。俺がお前を幸せにしてえの」と哀願する場面は、視聴者の心を強く掴みました。二人は瀬川の年季が明けるまで待つことを誓い合いますが、瀬川が身請けを断ったことで、松葉屋は二人の関係を察知します。そして、蔦重に瀬川が客の相手をする姿を見せつけ、「お前さんはこれを瀬川に年季明けまでずっとやらせるつもりか? 客をとればとるほど命はすり減っちまう」と現実を突きつけます。
この一連の場面は、吉原の過酷な現実を鮮やかに描き出していました。年季を務め上げれば命がすり減り、逃亡すれば恐ろしい折檻が待っている。人生を変える唯一の道である身請けも、多くの遊女にとっては夢のまた夢という状況です。二人の切ない恋物語を通して吉原の厳しさをここまで深く描写したことは見事であり、名場面として高く評価されるべきでしょう。しかし、ここで敢えて指摘したいのは、『べらぼう』で描かれた瀬川の容姿には、史実と異なる点が一つ存在するという点です。それは、彼女が「お歯黒」をしていなかったことでした。
NHK大河ドラマ『べらぼう』のワンシーン、瀬川役の小芝風花と思われる女性
江戸時代において、女性は結婚を機にお歯黒をするのが一般的でした。武家の娘はさらに早くからお歯黒をしていましたが、蔦重が生きた時代の庶民は、結婚前後に歯を黒く染めるのが通例であり、これは成人としての通過儀礼の一つとされていました。江戸の岡場所(非公認の遊廓)の私娼たちは基本的にお歯黒をしていませんでしたが、吉原の遊女たちは芸者と異なり、お歯黒を施していました。未婚の遊女がお歯黒にした背景には、「一晩だけ客の妻になる」という意味合いが込められていたとも言われています。
もちろん、私自身も、ドラマにおいて瀬川の口元から覗く歯が真っ黒に描かれるべきだったとは考えていません。もし史実通りにお歯黒が表現されていたら、多くの視聴者が驚きや戸惑いを感じた可能性は高いでしょう。この点は、現代の美意識と当時の風俗描写との間の、制作陣の苦渋の選択であったと推測できます。しかし、この「お歯黒」の有無は、当時の女性の容姿や社会的な意味合いを知る上で重要な史実であり、現代の視点からすれば些細な違いであっても、当時の文化背景を伝える上で考慮されるべき点だったと言えるでしょう。
まとめ
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、史実を大切にする制作姿勢と、魅力的な人間ドラマの融合が高く評価されています。瀬川のお歯黒のように、ドラマの表現と史実との間に生じる相違点は、エンターテインメント作品としての魅力と歴史的正確さのバランスを常に問いかけるものと言えます。細部において現代の視聴者に配慮しつつも、作品全体として江戸時代の息吹や人々の生き様を鮮やかに描き出したことは、このドラマが持つ大きな価値であることに変わりはありません。歴史ドラマを通じて、当時の文化や風習に改めて目を向けるきっかけを与えてくれる点においても、『べらぼう』は記憶に残る作品となるでしょう。
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