第二次世界大戦中、B-29への「特攻」を初めて敢行した日本の戦闘機、その名は「屠龍」。この歴史的な機体の後部搭乗員であった梅田春雄氏と、『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』などで世界的に知られる漫画家・松本零士氏の間には、意外な、そして深い絆が存在していました。本稿では、梅田氏の貴重な証言に基づき、戦場の壮絶な現実と、後世に語り継がれる創作活動とを結びつけた、知られざる物語を紐解きます。 この物語は、戸津井康之氏の著書『生還特攻 4人はなぜ逃げなかったのか』（光文社）から一部を抜粋・編集したものです。
B-29を迎撃した数少ない万能機「屠龍」の真価
「米国のP-38『ライトニング』やドイツの『メッサーシュミットBf110』のような双発（二つのエンジン）万能戦闘機を直ちに開発せよ」――。 このような陸軍からの高い要求に応え、「屠龍」を設計したのは、川崎航空機（現在の川崎重工）のエース設計者、土井武夫でした。 「ゼロ戦」の設計者である三菱重工の堀越二郎氏とは、東京帝国大学工学部航空学科の同期生という縁もありました。 堀越氏が「ゼロ戦」や「雷電」といった海軍の傑作機を多数手掛けたのに対し、土井氏は「屠龍」や「飛燕」など、陸軍の歴代名機の設計でその名を馳せています。
なぜ「屠龍」が「万能機」と呼ばれたのか。陸軍二式複座戦闘機「屠龍」の後部搭乗員であった梅田春雄氏が、その理由を分かりやすく説明しています。「単発単座機に比べて後部座席を備え機体が大きいため、重武装の搭載が可能でした。さらに、武装と同時に多種多様な機器を余裕で積み込める搭載能力も持ち合わせていたのです。」
これはすなわち、出撃の用途に応じて装備を自由に選べたことを意味します。例えば、機関銃や機関砲の代わりにカメラを積めば偵察機に、爆弾を積めば爆撃機に、高性能な航法装置や通信機を搭載すれば、編隊を指揮する指揮機にさえなり得たのです。
川崎 二式複座戦闘機「屠龍」が飛行する様子
双発エンジンの強力なパワーがもたらす高い上昇性能を活かし、「屠龍」は高度1万メートルから日本全土を焦土と化した米爆撃機B-29を迎撃できた、数少ない戦闘機として歴史に名を刻んでいます。 梅田氏は、「馬力のある大きな機体は、『ゼロ戦』などでは搭載できなかった大口径の機関砲も装備可能にしました。B-29をはじめとする大型爆撃機を迎撃するため、戦車の主砲として使われていた37ミリ機関砲を『屠龍』に搭載することもできたのです」と語っています。 戦車の主砲を「空中戦用に転用」するなど、陸軍機ならではの多用途での活用が現実のものとなったのです。 しかし、その一方で、「ゼロ戦」すら到達できなかった「屠龍」の優れた上昇性能は、後に「悲劇」を生む要因ともなっていきます。
北九州空襲と「屠龍」が背負った悲劇の宿命
万能機であったがゆえに、「屠龍」が背負うことになった悲劇の歴史をここに記します。 日本製鉄八幡製鉄所など、日本の基幹産業を支える一大工場群が集中していた北九州は、B-29が空母ではなく中国・成都の陸上基地を拠点として行った、初の日本本土空襲（1944年6月16日）の標的となった地域です。
この日を境に始まった米爆撃機による日本本土空襲に対し、「屠龍」の部隊が敢行した壮絶な闘いの記録は、戦史に深く刻まれています。 B-29の最多撃墜記録を持つ日本陸軍航空隊のエースパイロットとして知られる、樫出勇中尉の手記『B29撃墜記 夜戦「屠龍」撃墜王 樫出勇空戦記録』には、興味深い記述が見られます。 高城肇氏が記した「文庫のあとがき」によると、これは樫出氏が還暦の頃に書いた一文とされています。
《すでに米軍は、わが第一線を後方に取り残し、一気にわが本土を突かんものと、中国大陸の一角を休翼地として、北九州の重要工業地帯（現在の北九州市）に矛先を指向してきたのである。だが、米軍にとっても、このB29を第一線に出動させてきたのは初めてであり、試験的な意味もあってか、まずは夜間を選んでやってきた。それにしても第一回のテスト空襲の目標を、わが防衛空域に向けてきたのは米軍のミステークであったろう》
この記述は、「屠龍」がB-29に対して「特攻」、すなわち体当たりを仕掛けるという宿命が、すでにこの時定められていたのかもしれないことを示唆しています。
結論
「屠龍」は、その開発経緯から卓越した性能、そしてB-29迎撃という困難な任務を通じて、日本防衛の一翼を担った重要な戦闘機でした。 その多用途性と重武装能力は、当時の日本航空技術の粋を集めたものであり、戦局の中で多くのパイロットがその操縦桿を握り、果敢に戦いました。 そして、一人の後部搭乗員であった梅田春雄氏の体験が、著名な漫画家・松本零士氏の創作の源泉の一つとなったという事実は、戦争が人々に与える影響の深さ、そしてそれが時を超えて文化や芸術に受け継がれていく物語の奥深さを教えてくれます。 「屠龍」の歴史は、単なる兵器の記録に留まらず、人と人との繋がり、そして世代を超えて語り継がれるべき、普遍的なテーマを内包していると言えるでしょう。
参考文献
- 戸津井康之『生還特攻 4人はなぜ逃げなかったのか』（光文社）
- 樫出勇『B29撃墜記 夜戦「屠龍」撃墜王 樫出勇空戦記録』
