国際NGOが発表する「報道の自由度ランキング」において、日本は安倍政権以降、60位から70位台で推移しており、国際的な視点からは「自由な報道がしにくい国」と評価されています。これは、日本のメディアにおける「報道の自由」が本当に保たれているのかという疑問を投げかけます。
メディアと権力との関係性において、かつて読売新聞の渡辺恒雄氏のような存在が政治に深く関与し、記者が権力の一部となったような振る舞いが見られる時代がありました。フジテレビの日枝久氏なども同様の流れに位置づけられるでしょう。こうした関係性は、主に当時の自民党との密着によるものでしたが、そこにはまだ一定の「作法」が存在していたと指摘する声があります。
しかし、第2次安倍政権以降、政治とメディアの「癒着」はさらに露骨になったとの見方があります。これは、権力側がメディアに対して直接的な圧力をかけ始めたという変化として現れました。具体的には、政権に批判的な姿勢をとる、あるいは政権にとって都合が悪いと思われるニュースキャスターたちが、突然番組から姿を消すケースが相次ぎました。TBSの「NEWS23」の岸井成格氏、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子氏、テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎氏などがその例として挙げられます。
国会でも問題視されましたが、自民党から直接テレビ局に抗議文書が送付されたり、放送局を所管する総務省の大臣が、特定の放送局に対して電波停止の可能性に言及したりといった異例の事態も発生しました。安倍政権以前にも権力とメディアの癒着は存在しましたが、メディアに対してこのような直接的な圧力をかけるような手法は、それ以前には見られなかった傾向です。
テレビ局で政治部記者や報道番組のプロデューサーを務めた経験者からは、かつて政治家が記事内容に不満があれば現場の記者やプロデューサーに直接伝えてきたものが、安倍政権になってからは社長や役員、局長クラスの経営幹部に伝えるようになったという話が聞かれます。経営幹部は現場の詳細を知らないため、官邸からの圧力に過剰に反応し、組織としてトップダウンで報道内容を統制しようとします。これにより、メディアの現場は「萎縮」せざるを得ない状況に追い込まれるというのです。
日本の報道の自由に関する議論の中で、新元号「令和」発表時の記者会見で談話を発表する安倍首相(当時)。権力とメディアの関係性が問われる一場面。
このような状況下で、メディア内部には「自己規制」が働くようになります。権力や官邸との関係性を考慮し、問題が起きないように自主的に報道内容を調整する傾向が強まるのです。自由に権力批判を行ってきた記者が、政権からの直接的な圧力だけでなく、社内での自主的なチェックや権力への過度な配慮に耐えきれず、新聞社やテレビ局を退職する例も見られています。「論評は良いが、批判は許されない」と上司から指示されたという証言もあるほどです。
これらの出来事は、日本のメディア環境において、権力からの直接的・間接的な圧力、そしてそれによって引き起こされるメディア内部の自己規制が、報道の自由を狭めている可能性を示唆しています。国際的な評価の低迷は、こうした国内の状況を反映していると言えるでしょう。ジャーナリストたちが萎縮せず、自由に権力に対して問いかけ、批判できる環境が、健全な民主主義にとっては不可欠です。
Source: https://news.yahoo.co.jp/articles/4716f5a9bf13777046a43429175ced62f48e83b7