米軍による度重なる爆撃で壊滅した1945年の那覇市街から80年。沖縄戦の悲劇的な記憶が残るこの地で、いま再び緊張が高まっている。南西諸島では、台湾有事への備えとしてミサイル基地配備など軍事的な要塞化が急ピッチで進められている。これは自ら報復攻撃のリスクを高める政策に他ならない。そもそも、この重大な方針はいつ、どこで、誰が決めたのだろうか?長年自衛隊問題を追うジャーナリスト布施祐仁氏と、沖縄戦研究の第一人者である林博史氏が、現代日本が直面する外交・安全保障の転換点について語り合った。彼らが指摘するのは、「強国アメリカについていくだけ」という日本の主体性の欠如が生む危うさだ。
1945年、米軍による激しい爆撃で破壊された沖縄・那覇市街地の様子。沖縄戦における軍民分離なき攻撃の教訓。
沖縄戦の教訓と現代日本の「軍民一体」構造
1944年10月10日、「十・十空襲」として知られる米軍による那覇への大規模無差別爆撃があった。当時の日本政府はこれを「国際法に対する重大な違反」として中立国を通じ抗議した。しかし、日本自身もすでに中国大陸で都市への無差別爆撃を行っていた過去がある。そして1945年からの沖縄戦で、米軍は「鉄の暴風」と称される激しい攻撃を展開した。この悲劇の一因には、日本側が「軍民分離」を行わず、民間人をも戦闘に動員したことで、無差別攻撃に口実を与えてしまったという側面がある。驚くべきことに、現代日本の状況も「軍民分離」が曖昧という点で共通している。
「潜在的な米軍基地」と化す日本のインフラ
現在、日本には純粋な民間の飛行場や港湾は存在しないに等しい。日米地位協定第5条により、米軍は日本のあらゆる港湾と飛行場をいつでも利用できるとされている。これにより、日本中の港や飛行場が、事実上「潜在的な米軍基地」と化しているのだ。これが何を意味するかといえば、有事の際にこれらのインフラが敵からの攻撃対象となっても、国際法上、日本側は強く非難することが難しくなる可能性があるということだ。沖縄戦の教訓から学ぶべきは、「軍民一体」の構造が、実際に戦争が起きた際に国民、特に民間人を極めて危険な状況に晒すということだ。この現実をもっと真剣に受け止める必要がある。
「捨て石」への懸念と南西諸島軍事化の真の理由
南西諸島を取材する中で、住民から「また沖縄が『捨て石』にされるのではないか」という切実な声を聞くことが多い。太平洋戦争では本土決戦のための時間稼ぎとして、そして今度は台湾防衛のために、この地域が犠牲になるのではないか、という不安だ。日本政府は南西諸島の軍備強化について「地域の防衛のため」「中国への抑止力強化のため」と説明してきた。しかし、中国がいきなり南西諸島だけを攻撃する可能性は低い。
この軍事化の真の理由は、「台湾有事が起きた際、アメリカが台湾を防衛するために軍事介入し、自衛隊もこれに共同で動く。その際に南西諸島の島々を攻撃拠点として使用し、結果として相手からの攻撃を受けることを容認する」という考えにある。つまり、台湾有事の際に南西諸島が攻撃されることは、ある程度織り込み済みと見なされているのだ。
国会での議論なき重大決定
しかし、南西諸島が攻撃されるリスクを引き受けてまで、アメリカと共に中国と戦い台湾を防衛するという重大な方針は、そもそも日本のどこで、誰が決めたのだろうか? 自衛のための必要最小限の武力行使に限定する「専守防衛」という日本の国是とどう整合するのか? 台湾海峡の対立を「基本的に中国の国内問題」としてきた日本政府のこれまでの立場と矛盾しないのか? 国会議事録を精査しても、これらの根幹に関わる問題について、国民的な議論や国会での十分な審議がなされた形跡はほとんどない。南西諸島をはじめ、日本が戦場となるかもしれないというこれほどまでに重大な選択が、国民への説明も、国会での議論も不十分なまま進められている現状に、強い違和感を抱かざるを得ない。
日米同盟優先か、国民の安全か
日本政府が本気で台湾を守ろうとしているのかといえば、それも疑わしい。主体的な判断というよりは、アメリカの世界戦略に追随し、その要求や期待に応えようとしているだけではないか、という見方だ。実際に、自民党の小野寺五典元政調会長は、台湾有事でアメリカから協力要請があった場合、日本に断る選択肢はないと述べている。その理由は「断ったら日米同盟が毀損してしまうから」だという。
しかし、「日米同盟を守るため、アメリカとの関係を維持するために、台湾有事において南西諸島を戦場とし、『捨て石』にする」という考え方で本当に良いのだろうか? こうした思考は、先の大戦中に「国体」というものを守るため、沖縄だけでなく日本国民全体を「捨て石」にしようとした過去の歴史と恐ろしいほど通じるものがある。日米地位協定下の「潜在的基地化」、議論なき軍事化、そして「捨て石」化の懸念。現代日本は、過去の教訓を真正面から見つめ直し、国民の安全保障について主体的に考え、議論すべき時に来ている。
2025年3月1日、南西諸島周辺で実施された日米共同訓練「アイアンフィスト」の様子。台湾有事を想定した日本の軍事力強化を示す。
【出典】
- 集英社オンライン 2024年6月24日掲載記事「台湾有事、南西諸島は「捨て石」に…ジャーナリストと研究者が語る沖縄戦から80年、変わらない日本の問題点」(https://shueisha.online/articles/-/254276)
- 日米地位協定 第5条
- その他、記事中で言及されている歴史的事実(十・十空襲、沖縄戦など)